ラストの余韻がとにかく最高!
二人が海を目指す様子が、鮮明なイメージとなって浮かびます。
明けゆく空、まだ涼しい空気。
住宅地に響く振動。
道行く人は、あまりの出来事にぽかんと見上げていて。
遠くからはサイレンが響いている。
それでも二人はひたすら真っ直ぐに、海を目指すのです。
***
主人公は中学三年生の少年。
しばらく学校を休んでいた幼馴染の家へ、夏休みの課題を届けに行きます。
そして知ることになる衝撃の事実。
幼馴染の腕には、謎のうろこが現れていました。
うろこは日を追うごとにじわじわと広がり、やがて……。
不安を抱える少女と、それに寄り添う主人公。
そんな二人のやり取りが、とても美しく描かれています。
薄暗い部屋、二人の距離。
肌の軟らかさ。うろこの硬さ。
過去の思い出。未来の約束。
――そして、祈り。
読み進めるほど、鮮明な光景が浮かんできます。
そればかりか、体温や息遣い、鼓動が高鳴る音、頬を流れる涙までもが感じられます。
二人の行動のひとつひとつは、まるで『救い』のよう。
きっと、主人公がその名を呼んだ瞬間から、少女は少しずつ時間をかけて救われているのでしょう。
***
物語の終盤、二人は海を目指します。
私は、主人公が「にへら」と笑うシーンがお気に入りです。
彼の胸中は不安でいっぱいかもしれません。
でも、こんな状況で笑っていられるのは、後悔をしていないからだと思いました。
ずっと家族に遠慮していたヒロインは、家を出て、行きたがっていた海へと向かっている。
思春期の気恥ずかしさゆえにヒロインと距離を置いていた主人公は、ヒロインと寄り添うことを選んだ。
「自分がしたいから、そうする」
そのシンプルな答えに、二人は行きついた。
そして、それを教えてくれたのは「小学生の頃のあーちゃん」の言葉だったんじゃないかなと思います。
きっと二人は自由へ向かって進んでいる。
思春期だとか、人間だとか、トリケラトプスだとか。
そんなことは、きっともう、どうでもいいことなのです。
***
爽やかな余韻を感じる読後。
ラストシーンのその後を想像せずにはいられません。
辿り着いた海は、港じゃなくて広い砂浜だといいな。
夏休みの終わりの頃だから、きっともうシーズンオフ。
そこには誰もいません。二人きりの世界です。
波打ち際を踏みしめ、二人はざぶざぶと海の中へ入ってゆきます。
ためらいもなく、止まることもなく。
ご都合主義の展開なんてひとつもなくて、奇跡も起きてくれなくて。
どこまでも二人で選んで、どこまでも二人らしく。
二人のやりたいように。二人の進みたい方へ。
海も空も、太古からそこに存在しているのです。
それこそ恐竜が地球上に姿を現すよりも、ずっと前から。
だから、きっと海は二人を受け入れてくれることでしょう。
***
涙なしには読めない感動作です。
私の中で『2020年 今すぐ映画化してほしい小説【No.1】』!!
……いやもう本当に、これ今すぐ映画化してほしい!
海を目指す二人に、幸あれ!
言うのは簡単だけど難しいことだなと感じます。
ついこの間まで普通に話していた女の子が、人じゃない姿になってしまったら。この物語に出てくる家族のように、戸惑い、忌避し、嫌悪するのは珍しいことではないと思います。変わってしまうことでその変質を受け入れられないというのは、人間として否定できないことです。
だからこそ、最初は驚きながらもあーちゃんを否定せず、受け入れ、変わらず愛するといったゆうくんの愛がひときわに輝くのだと思います。本人が否定している「変わっていく自分自身」を受け入れてくれる人がいるということ。そのやわらかいあたたかさがとても愛おしいものに思えました。
爽やかな風の薫りを感じるような夏の日。好きな幼馴染の子。冒頭は、そんな青春の一頁を飾る何気ない恋愛ストーリーかと思いました。
だが、読み進めるうちに違和感を覚えます。あなたは自分の想い人が、どんな姿になろうとも愛することができますか?
正直、自分には自信がないです。それは、そうなってみないと判断できないから、というのが回答なのですが。愛というのは育むもの。恋とは違い、積み重ねて来たものが愛なのだと私は認識しています。主人公と幼馴染のカットバックにはそれが詰め込まれていて、不覚にも涙しそうになりました。
どんな姿になっても、彼女を愛する主人公は、結局海に行けたのでしょうか。先が気になります。
心に触れる、というのが愛ならば、彼は彼女自身の心を深く抱きしめている描写——スマホを通じての会話——にも感動しました。
ある日のトリケラを愛する主人公の心に触れて、彼を愛したくなりました。
この小説は、ありきたりな恋愛小説だ。
普通に幼馴染を好きになって、彼女の抱える問題を二人で乗り越えようとして、愛を深めていく。育まれた愛は周囲には理解されないが、それ自体もよくある話と言えるだろう。話の流れも特に大きなどんでん返しがあるわけではない。
そう、読後に去来する、この胸を締め付けられるような切なさも、恋愛小説によくあるものだ。
人間の持つ強靭な愛に気づかせてくれるものだ。
誰かを心から愛すことの美しさを感じさせてくれるものだ。
読んだ人々の中で化石となってしまった純粋な気持ちを掘り起こしてくれるものだ。
だから、敢えて、こういわせてもらいたい。
本作は、ただの、至極の恋愛小説だ。