紅葉と君と笑う

加藤ゆたか

紅葉と君と笑う

 初めはただ、一緒のクラスになっただけだと思っていた。



 岡部サキコの部活は吹奏楽部すいそうがくぶだ。部室の音楽室は校舎の四階にあり、窓の外のベランダに出るとそこから校庭を見渡みわたすことができた。サキコが担当するトランペットは見た目よりも重くて演奏えんそう中は息を吹き続けなくてはならず肺活量はいかつりょうも必要で、体力をつけるために校庭を走ることもある。

 今は休憩時間で、サキコたちはベランダに出て、校庭で走ったり練習をしたりしている運動部の子たちをながめていた。

「あれ、うちのクラスの男子たちじゃない? 斉藤君がいるからバレー部だ。」

「走ってるねえ。大変だ。ハハハ。」

「よくわかったね。私はここからだと顔わからないよ。」

「それは視力悪すぎじゃない?」

「斉藤君は背が高いからすぐわかるでしょ。」

 一緒のクラスのマドカとナオミが、校庭をチョコチョコと動く人間たちをゆびさしながらキャッキャと話している。練習で流した汗を冷やす風がいて気持ちがいい。サキコは、さっきやっと見つけた一人を目で追っていた。

「サキコー。山田君も走ってるよ、わかる?」

「んー。」

 サキコは曖昧あいまいに返事をした。私が山田君のことを気にしてるなんて、そんなことはないよ、と言わんばかりに。

「修学旅行、一緒の班になってからじゃない?」

「何が?」

 何がかはわかっている。マドカはしつこい。最初に言い出したのもマドカだった。

「だって、ずっと山田君さ、サキコのこと見てるの気付いちゃったんだもん。」

「でもさあ、山田君って別にカッコよくないよね。運動部なのに、なんていうか、シュッとしてないじゃん。背が高いわけでもないし。」

 ナオミは好き勝手なことを言う。それじゃ山田君に失礼しつれいではないか。

「別に、私は山田君のことは何とも思ってないし、山田君だって別に私のことなんて気にしてないと思うよ。」

「そうかなー?」

 マドカとナオミとそんな話をしているうちに、山田君は校庭を走りえて体育館に入っていってしまった。



 実はサキコも山田君が自分のことを見ていると感じたことは何度かあった。

 でもそれは偶然ぐうぜんだと、自分が意識しすぎているだけだと思うことにしていた。サキコは今まで男子に好かれたという経験はなかった。だからクラスメートや友達が誰のことを好きだとか誰と付き合ったとかそんな話を聞いても、自分には関係のないことのように思っていた。

 山田君のことは同じクラスになってから知ったくらいの関係で、一学期はまったく話したことはない。

 それが二学期になって秋の修学旅行の班が決まった時に同じ班になったのだ。



 サキコたちの学校は修学旅行で京都に行くことになっていた。班でどこを回るのかを調べて決めるという時間が授業の合間あいまに何回かもうけられた。

「この時間のうちで電車とバスに乗って移動すると、この数はまわれないよ。もうちょっと絞らないと。」

 サキコの班はクラスの委員長もやったことがある佐々木君が仕切しきっていた。男子は佐々木君の他に野木君と山田君。女子はサキコと八木さん。この五人が同じ班だった。

「電車とバスの時間も調べて、どういう順番で回るか、一箇所いっかしょにどれくらい時間をかけられるか計画しよう。」

 佐々木君はテキパキと表を作り、班のみんながった『行きたい場所』をまとめていく。

「山田君と岡部さんが書いてくれた嵐山ははずしてもいいかな? こっちの清水寺とこっちの金閣寺を回ると嵐山に行く時間はないと思う。」

「うん、それでいいよ。私は佐々木君にまかせるよ。」

 サキコは別に、特別に行きたいところがあるわけではなかったので、全部佐々木君が決めてくれるならそれが楽だと思っていた。

「僕も嵐山はあきらめるよ。あ、でもこの三十三間堂は僕は行きたいんだけど。」

 山田君は、みんなが書いた『行きたい場所』リストを見て言った。三十三間堂もサキコと山田君の二人だけが書いていた。

「うーん、まあ三十三間堂だったら行けないこともないか。わかったよ、考えてみる。」

「ありがとう。」

 サキコと山田君は同時にお礼を言った。あまりにも声がそろったので二人はお互いの顔を見た。この時、初めてサキコは山田君の顔をマジマジと見たと思う。

 それからだ。山田君がサキコのことを見ていることがあると気付いたのは。

 ……いや、正確には、サキコが山田君を意識したのがそれからだった。



 山田君はバレー部だと知ったのはそのあとだった。でもバレー部はいつも練習は体育館でやっているので、校舎で部活をしているサキコにはその練習姿を見る機会はなかった。山田君はレギュラーでもないので試合にも出ないらしい。

 試合の応援おうえんにも行けないか。

 サキコは何度となく山田君との会話をシミュレーションする。

 朝会ったらおはよう、今日もいい天気だね? 山田君はそんなことを言うだろうか?

 もしも山田君が教科書を忘れていたら、貸してあげるよ、それとも一緒に見よう? いや山田君はサキコのななめ後ろの席だ。一緒に見ようどころか、普段も普通では顔を合わせることも少ない。

 偶然に休日にまちで会ったらどうだろう? やあ、偶然だね? 何処行くの? 私も一緒に行ってもいい? 唐突とうとつすぎる。それに向こうが気付かないで無視されたら悲しすぎる。

 なんで学校でクラスで全然話が出来ないのかな? 恥ずかしいから? 山田君の方から全然話しかけてくれないから? 話しかけてうまく会話出来なかったらと思うとこわいのかも。それにみんながいるところで男子と二人で普通の会話をするなんて、サキコはやったことがない。

 修学旅行で一緒に回る時、どんな会話ができるだろう?

 サキコは京都の観光ガイドを何度も読んだ。修学旅行で回る計画は佐々木君が完璧かんぺきに考えてくれた。……三十三間堂も入っている。



 修学旅行当日、サキコは母からデジタルカメラを借りていた。学校の規則で、修学旅行に持って行っていいカメラは、インスタントカメラか通信機能の無いデジタルカメラとなっていた。クラスメートたちもほとんどがデジタルカメラを持ってきたようだ。

 早朝に駅で集まって点呼てんこを取った後、先生から新幹線の切符きっぷが配られる。サキコは窓際まどぎわの席で、サキコのとなりは同じ班の八木さんだった。新幹線で移動中、ずっと八木さんは本を読んでいた。山田君はまた自分の後ろの席だ。

 京都まで二時間。サキコはずっと窓の外を見ていた。途中とちゅうでマドカが写真をりに来た。マドカが指でツンツンと後ろを示した後、顔の横で手を合わせてグゥと寝るような仕草しぐさをして見せた。山田君は寝てるのね。まったくそういう気をつかわなくてもいいのに。でも楽しいな、修学旅行。サキコは笑った。



 京都に着いてサキコたちはすぐに班ごとに分かれてそれぞれの班の計画通りに、京都を回ることになっていた。

 サキコたちの班は最初に地下鉄とバスで金閣寺に向かった。初日はその後、清水寺、八坂神社、三十三間堂の予定だ。

 金閣寺で写真を撮る。

 撮った写真は後で提出ていしゅつする修学旅行のレポートにり付ける予定だ。

 班のみんなも建物などの写真を撮っていた。

 山田君も佐々木君や野木君と一緒に歩いていた。そうするとなんとなくサキコは八木さんと一緒になった。八木さんはマイペースでどんどん先に行ってしまうかと思うと、ずっと同じところにとどまっていたりして、なかなか男子とは行動が合わない。サキコの班は男子と女子でバラバラに観光するような形になってしまっていた。

 サキコはずっと山田君を遠目とおめに見るだけしか出来なかった。



 八坂神社を回り、三十三間堂に着いた時はもう、班のみんなはつかれたのか、ここはざっと見て終わりにしようという雰囲気ふんいきになっていた。

 サキコはせっかくだからと、早々に座り込んだ八木さんを置いて一人で中に入っていった。赤い建物と長い廊下ろうかだけは見たいと思っていた。

 写真を撮りつつ奥に入っていくと、目の前にあったのは見事に色づいた紅葉もみじだった。

 綺麗きれいだ。

 サキコは紅葉の写真を何枚も撮った。

「さっきからさ、思ってたんだけど。」

 サキコは唐突に話しかけられた。

 山田君だった。

「みんな建物や景色の写真ばっかり撮って自分のこと撮らないよね。せっかくの思い出なんだからさ、自分もうつった方が絶対いいよね。」

「確かに、そうだね。」

 サキコは山田君に急に話しかけられてビックリしていた。心臓が飛び出るくらいバクバクしている。緊張きんちょうで手足がしびれるような感じがする。

「写真撮ってあげようか?」

 山田君はサキコに手のひらを向けた。

「うん。」

 サキコは持っていたカメラを山田君に渡す。

「ほら、笑って。そんなポーズはいいの?」

 そんなこと言われても、サキコはピースを作って突っ立っていることしかできなかった。今どんな表情をしているかも自分ではわからない。

 パシャリ。パシャリ。

 山田君は二回シャッターを押した。

「よし、よく撮れたよ。」

 山田君がサキコにカメラを返そうとする。

「あ、私も山田君を撮ってあげるよ。」

「そう?」

 今度は山田君が持っていたインスタントカメラをサキコに手渡した。

「え、これどうやって撮るの?」

「ここをね、回して、ここから見て、そしたらここ押せばそれでパシャって撮れるから。」

 サキコがカメラを構えると、山田君もピースを作った。

 パシャ。

「これで撮れたのかな?」

「うん、大丈夫だと思う。ありがとう。」

「山田君、私にさっき『そんなポーズでいいの?』って言ったけど、山田君もおんなじだったよ。」

「まあ、そうだね。やってみるとあれが一番無難ぶなんだったよ。」



 サキコと山田君はそのまま二人で一緒に館内かんないを歩いた。

 何枚か山田君がサキコのカメラでサキコを撮った。サキコも山田君のカメラで山田君を撮った。

 カメラのファインダーを通して見た山田君はよく笑う。その顔を何度も見たいと思った。カメラで山田君を何度も撮りたくなった。サキコは今の時間を楽しいと感じていた。



「僕さ、どうしてもここの仏像ぶつぞうが見たくて。」

「へえ、そうなんだ。」

「お兄ちゃんにさ、お前、ここの仏像にそっくりだったぞって言われたんだよ。」

「何それ!?」

 サキコはプフッと吹き出した。

「岡部さん、笑わないでよ。」

「それで似てたの?」

「似てた……。」

 サキコは爆笑ばくしょうした。山田君は耳まで赤くなっていた。

 ああ、なんでこんな男子を好きになったんだろう!? 仏像に似てる男の子なんて! でも好きなんだからしょうがないんだ!

 サキコは自分の気持ちを素直に受け止めていた。



 もう少しで館内を回り終える。閉館時間まであと五分だ。

 もう少しでこの楽しい時間も終わってしまう。

 そう思ったらサキコは急にさみしい気持ちになった。

 明日も同じように山田君と話せるだろうか? 一緒に回れるだろうか?

 サキコは隣を歩く山田君を見た。山田君は地面を見ながら歩いていてサキコの方を見ていない。



 今、山田君に言わなきゃいけないことがある。

 そうしないときっと後悔こうかいする。

 サキコは三十三間堂の門の前で立ち止まった。

 山田君も立ち止まる。

 山田君も何かを言いたそうにしているのがわかった。

 きっと、山田君も言いたいことは私と同じだと思った。

「一緒に写真を撮ろう。」

 二人は同時に声を発した。

 ハハハハ。

 顔を見合わせて一緒に笑った。



 サキコと山田君は二人で並んでいる写真を撮ってもらった。

 二人でピースをしている写真を。



 次は、明日も一緒に回ろうって言わなきゃとサキコは思っていた。

 きっと山田君も同じことを思っているに違いないと、今なら信じられるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅葉と君と笑う 加藤ゆたか @yutaka_kato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ