心臓とドナーの共通点⑧
―――久々に、顔を見せに行ってみるか?
―――実家までは近いし。
―――・・・でもあんな捨てられ方をされてんだよな。
―――親は俺の心配なんて一切していないだろうし。
そう思い数分考えたが、清香が倒れたことを報告する必要があると思い立った。 両親は清香のことを気に入っていたためだ。 ファミレスを出ると、その足で実家へと向かう。
だがいざ家の前まで来ると流石に躊躇ってしまった。 喧嘩別れして帰ってきたような気持ちで、もう何ヶ月も連絡一つ交わしていないのだから。 意を決して持っている鍵を使い、家のドアを開けた。
「・・・」
何を言えばいいのだろう。 『ただいま』と言ってもいいのだろうか。 今日は休日のため両親共に家にいる可能性が高い。 車が置いてあったこともそれを裏付ける。
だがだからこそ気が引けてしまうが今更逃げることもできないし、そうしてしまったらもう二度とここへは帰ってこれないという葛藤がせめぎ合い、結局は立ち尽くしてしまった。
しばらくすると足音が聞こえ、静かに父が顔を出した。 だが予想通りというべきか、豪の顔を見るなり溜め息をつく。
「・・・何だ、誰かと思ったらお前だったのか。 どうして帰ってきたんだ?」
「は?」
否定的な感情をぶつけられる可能性もあると考えていた。 だがどこか温かく出迎えてくれるのではないかという楽観もあった。
結局そのような考えは幻想に過ぎなかったのだが、やはりいきなりでは頭が受け入れられない。
「そんなに顔色を悪くして。 どうせまだ酒を止めていないんだろ。 兄には迷惑をかけていないだろうな? お前のことだから、兄の家でも酒を飲んでだらだらと過ごしているに違いない」
「・・・何だよ、それ」
兄の家で世話になったという話は、父の耳にも届いていたようだ。 久々に帰ってきたというのに父から出てくる言葉は全て否定ばかり。
自業自得であるが、ここ数年自分が頑張ってきたことなど知りもしない癖に、と思ってしまった。
「彼女の清香さんにも迷惑をかけていないだろうな? 彼女はあんなにいい子なんだ、大切にしろよ。 酒の影響で手を出したりしたら許さないからな」
清香のことをいいように思ってくれるのはよかった。 しかし今清香の話をこのような流れで言われると、流石に豪でも気分がよくない。
「ちッ」
大袈裟に舌打ちをすると父親は顔を歪めた。
「舌打ちか? 親に向かって何を」
「うるせぇよ! たまには顔を見せてやろうかと思ったらまたそれかよ!」
豪は我慢の限界を迎えていた。
「何だその口の利き方は!」
「俺はとっくに兄貴の家を出て、一人暮らしをしているんだ。 全て俺の金でな! 立派に独り立ちできているんだよ」
「・・・それは嘘じゃないよな?」
「嘘なんてつくか。 俺に比べて今の親父はどうだ? 一年前と何にも変わっていねぇ!」
「いいからその口の利き方を止めろ!」
「清香はな、倒れて脳死したんだ! そのことを今日は伝えにきた!」
「なッ・・・」
流石にその言葉には父も何も言えなくなったようだ。 驚いている父をよそに豪は乱暴に家を出る。
―――ったく、何なんだよ・・・。
―――清香が脳死したり親父には気分を悪くされたり。
―――清香の家族と比べたら、俺の親父は最低だわ。
辺りを軽く見渡すと、人々は豪を避けるようにしていた。
―――・・・未だに周りは俺のことを、害虫を見るような目で見てくるしよ。
―――一体何だって言うんだ。
―――あぁ、ムシャクシャする。
豪は苛立ちのあまり近くにあったコンビニのゴミ箱を蹴ろうとした。 だが、その瞬間――――
「うッ、カハァッ」
血を吐いてしまった。 急激に視界が歪み、身体が重く自分の体重を保てない。 その場に倒れ伏せると、周りからは悲鳴が上がった。
―――清香に続いて、次は俺か・・・。
―――俺の身体にも不幸が起こるのか。
―――参ったな・・・。
―――助けを呼びたくても、呼べる奴がいねぇ。
―――あの時清香の幼馴染が言っていたな。
―――こういう時なのか、家族が必要になるのは。
―――でも俺には、そんな温かいもんはねぇんだよ・・・。
そうしてゆっくりと目を瞑る。 意識が朦朧としたが、眠ってしまう直前に兄の存在を思い出した。
―――そ、そうだ、兄貴に連絡・・・。
兄なら自分の味方をしてくれるかもしれないと思い、ゆっくりとポケットから携帯を取り出した。 画面を操作し兄の連絡先を映す。 だが連絡する直前に迷いが生じた。
―――・・・兄貴に連絡、してもいいのか?
―――兄貴の家を出て以来、兄貴とは連絡を取っていねぇ。
―――・・・今更だよな、もう遅いか。
助けを呼ぶことを諦め豪はゆっくりと目を閉じた。 このまま死に、清香のところへ行くのも悪くないと思ってしまっていた。
―――でも、もう酒が飲めないのは辛いなぁ・・・。
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