心臓とドナーの共通点⑫
数週間後、豪はずっと考えていたことを実行に移すことにした。 病室に看護師が来るのを見て話しかける。
「あー、あの、ドナーカードを二枚もらえますか?」
突然のことだったが、看護師は笑顔を見せるとカードを取りにいった。 看護師が持ってきたカードを記入しようとしたところで、看護師と入れ替わるタイミングで兄が入ってきた。
「おーい、豪ー。 迎えにきたぞー。 あれ、何を書いてんだ?」
「ドナーカードだよ」
兄は少しばかり驚いた顔を見せたが、豪が本当に改心したのだと思い嬉しそうに笑った。 ついでにカードが二枚あることに気付き首を捻る。
「でもどうして二枚?」
「一枚は俺。 もう一枚は大切な人に渡そうと思ってな」
「へぇ、いいなそれ」
清香の真似であるが、それは言わないことにした。 二人だけの秘密は二人だけのものにしておきたかったのだ。
「よし、書けた」
「退院の準備はもうできているのか?」
「あぁ、もう出れるよ」
支度は終わっていて、最後の仕上げにドナーカードを書いた。 もちろんそれは今でなくてもできることだが、豪はこの病院で書いておきたかった。 決心が揺らないうちに。
肝臓の移植は無事上手くいき、今は清香の一部が自分の中にある。 それは常に彼女を感じられるということでもあるし、彼女が守ってくれていると思えば温かな気持ちにもなった。
「これから豪の家まで送るけど、その前に実家に寄ってもいいよな?」
「・・・あぁ」
退院の日。 手続きを終え兄の車に乗り込むと兄は冗談交じりに言った。
「退院祝いに酒でも飲むか?」
「いや、遠慮しておく。 というより、もう酒は飲まないよ」
病的とも言える豪の“酒断ち”宣言に兄は当然のように驚いた。
「へぇ、お前、本当に成長したんだな」
「肝臓に負担なんてかけたら、あっちで何を言われるのか分からないからな」
豪は窓から空を眺めながら言った。 大きな入道雲に清香の顔が幻視する。 それは笑顔だったため、自分の考えは間違っていないのだと確信した。
「アルコール依存は平気なのか?」
「あんなに長い間、病院にいたんだ。 自然と治っちまった」
病院で酒を飲むことは許されない。 だがそれ以上に移植してからは全くアルコールをほしいと思わなくなった。 命と最愛の人の重みは中毒症状を凌駕したのだ。
実家へと着くと、何とも言えない表情をした両親が迎えてくれる。 兄も含め四人が揃うのは久々で、用意されていた食卓を囲った。
「・・・その、今まで悪かったな。 もう酒は飲まないし・・・これからは親孝行もするから」
豪の言葉を聞いた父はブスッとした顔を一瞬緩めたが、再度それを戻して言う。
「アルコール依存症はそんな簡単に治るものじゃないぞ。 10年後も同じことを言えるのか?」
「お父さん! また悪態を・・・。 謝るっていう話だったじゃない」
母は父を窘めるように口を挟んだ。 二人の間で、今日どう対応するのかの話し合いが行われたようだ。
「すまなかったな。 突然追い出したりして」
「そんな昔のこと、もう気にしてねぇよ」
前まではずっと根に持っていた。 だがそれがなくなったのも豪が成長した証なのだろう。
「退院も無事にできてよかったな」
「あぁ。 入院の費用はいつか返すよ」
「いいよ、そのくらい。 今くらい親に甘えておけ」
改めてそう言われると素直に頷きにくい。
「・・・えっと、母さんにも怖い思いをさせちまって悪い」
その言葉に母は目を瞑りゆっくりと首を振った。
「大丈夫よ。 そんなことより、清香さんのことを気付いてあげられなくてごめんなさい。 明日にでも、清香さんの様子を見に行ってもいいかしら?」
「あぁ、もちろん。 寧ろ会ってやってくれ。 俺が清香のところまで案内するよ」
退院し久しぶりに食べた実家での食事は本当に美味しかった。 酒は飲まずともそれだけで満足できた。 今この時、豪が幸せに生きていられるのも全ては清香のおかげなのだ。
―――俺の身体の中には清香がいる。
―――だからもう俺は一人じゃない。
―――清香も一人じゃない。
―――これからも清香と一緒に、人生を歩んでいくんだ。
豪は食事を終え、後片付けを手伝うと一人家の外に出る。
「どこへ行くんだ?」
「ちょっとな」
兄の問いかけにそう答えると、星の輝く夜空を見上げた。
―――・・・頑張るからな、俺。
―――清香、見ていてくれよ。
清香がどの星かは分からないが、移植された肝臓が温かく感じる気がする場所がそうなのだろうと思った。 大切な一部を分けてもらった人生。
それをこの先歩んでいくのは二人分の命を肩に背負うようで重い。 それでも豪はもう道を踏み外すことはないだろう。 身体の痛みも心の痛みも、知ることができたのだから。
-END-
心臓とドナーの共通点 ゆーり。 @koigokoro
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