心臓とドナーの共通点②




二ヶ月前の昼時、豪は大学の課題をこなしていた。 隣にはお気に入りのストロング缶の500を置き、少し進めるごとにご褒美に一口含む。 真面目に、とは言い難いが試験もあるため勉強をしていた。


―ピンポーン。


インターホンが鳴り、出ると清香がいた。 特に約束はしていなかったが、このようなことは日常茶飯事。 豪は素直に嬉しいと思っていた。


「来ちゃった。 入ってもいい?」


だが彼女は豪が酒を飲み過ぎることはよしとしていない。 部屋の中へ入ると早速とばかりに非難するよう言った。


「もー、また昼間からお酒飲んで。 駄目だって何度も言っているでしょ?」


酒を発見すると清香はいつも没収したがる。 課題をする時にアルコールが入っていると能率が悪い、ということも口を酸っぱくして言われている。 だが背の高い豪は没収されてもすぐに奪い返していた。


「俺は酒に強いの知ってんだろ? だから昼に飲んでも夜に飲んでも変わらないって」

「そういう意味じゃないんだよー・・・」


止めても無駄だと思ったのか大人しくローテーブルの前に座った。 清香も豪程ではないが、酒は飲むため気持ちが分からなくもないのだろう。


「私ね、今日はいいものを持ってきたんだ」

「いいもの?」

「じゃーん! これ! 一緒に書こう!」


そう言ってバッグの中から取り出したのは二枚のカード。 よく見るとドナーカードと書かれている。


「何だよ突然。 俺は興味ねぇし、書かないぞ」


受け取りもせずそう言った。 ドナーカードとは自分の死後に臓器を移植に提供するかどうかの意思を表明するもので、保険証の裏側などに記載されている。 

だが清香が持ってきたのは紙製の、ドナーカードとしてだけのカードだ。


「えー! どうして?」

「自分の臓器を全く知らない人がもらうって、何か嫌だから」

「えー。 折角二枚もらってきたのに・・・」

「そんなに書きたいなら、清香だけ書けばいいだろ」

「んー、そうしようかなぁ」


そう言って彼女はペンを取り出した。 チラチラ豪のことを見ながらペンを動かしている。


「一つ目。 私は脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植のために臓器を提供します。 二つ目。 私は心臓が停止した死後に限り移植のために臓器を提供します。 三つ目。 

 私は臓器を提供しません。 豪はどれ?」

「俺が答えたら清香がそれに丸を付けるだろ。 つか、俺はしないって言っちまったし・・・。 ん? しないなら、そもそも書かなくてもよくね?」

「はは、確かに。 ・・・よし、できた! はいこれ」


そう言って一枚渡してきた。


「だから俺はいらないって。 ・・・あれ、清香の名前?」

「そう。 一枚は豪が持っていて」

「二枚書いたのか?」

「そうだよ? 一枚は、自分が携帯で持っている用。 一枚は、大切な人が持っている用。 そうやって二枚を持っている人、多いみたい」

「へぇ・・・。 分かった」


豪は素直に受け取った。 そこに特に深い意味はなかった。 ただ彼女が差し出してくれるものを無下に拒否したくなかっただけだ。


「へへ、よかっ、った、ケホッ」


そんな豪の意思が分かったのか清香は嬉しそうに笑ったが、同時に激しく咳き込んでしまう。


「清香!? どうした?」

「ごめ、急に、貧血が、ッ」

「は? 貧血!? 病院へ行くか? 最近、体調よくないだろ」


貧血で咳き込むことなんてあるのだろうか。 豪の知識上そのようなものはなかったが、体調が悪そうなのは確かだった。


「だ、大丈夫だよこのくらい。 それより豪は、お酒を止め、コホッ」

「もう喋るな! つか、俺のことを心配している場合かよ」

「はぁ、はぁッ・・・。 大丈夫、落ち着いた」

「ったく、心配かけんな。 病院は行かなくてもいいのか?」

「うん、平気。 酷くなったら行くよ。 ごめんね」


今思えばどうしてカードを書くよう促された時、異変に気付かなかったのだろうと思い後悔した。 当時は彼女が植物状態になってしまうなんて思ってもいなかったのだ。

清香は、二ヶ月前の時点で自身の異常を知っていた。 だから急にドナーカードを書き始めた。 確かに彼女はその時から体調があまり優れていなかった。 

そのことに気付かず、何もできなかった自分に今更ながら腹が立った。



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