心臓とドナーの共通点
ゆーり。
心臓とドナーの共通点①
22歳で大学生の豪(スグル)の趣味は、専ら酒を飲むことだ。 それはもはやアルコール依存の域に達しており、今日も朝から家で一人酒を飲んでいる。 つまみは何でもいい。
今はコンビニで買ったチーカマをつまみながら、テレビに向かっていた。
―――今日は大学が休みかぁ。
―――暇だし清香でも誘うか?
清香(サヤカ)というのは、現在付き合っている二つ下の彼女だ。 彼女に連絡をしようとしたその時、彼女の家族から連絡が来る。
―――清香のお父さんから?
豪は清香の両親とは仲よくしていた。 だからといって日常的に連絡を取り合っているということはない。 休日の朝ということもあり、多少の違和感を覚えながら電話を取った。
「もしもし?」
清香の父の言葉に、豪は耳を疑った。
「・・・は?」
清香が今朝倒れ脳死したというのだ。 あまりにも急な話で飲み込むどころの話ではないが、今は病院で植物状態のまま眠っていると告げられた。
清香の父も状況を飲み込めていないのか信じられないのか、やけに落ち着いた口調だった。 電話を終えるとすぐさま彼女が運ばれた病院へと駆け付ける。
慌てていたため缶ビールが机から倒れたが、気にしている余裕もない。 受付の人に居場所を聞き病室へと走った。
「清香!」
清香の両親とは入れ違いになったようだ。 病室へ行っても清香以外の姿はなかった。
「清香、どうしてだよ・・・ッ! どうしてそんな、急に・・・ッ。 俺を一人置いていくなよ!」
ベッドの上で横になっている清香のもとへ駆け寄り、彼女の手を握る。 触るとまだ温かい。 本当にただ眠っているだけのように思えた。
「なぁ、目を開けろよ! 俺だよ俺! 豪だ! いつか目を覚ましてくれるんだろ!?」
強く手を握ったり彼女の肩を揺さぶったりしてみたものの反応はない。 ただ体温だけは感じるのが、絶望感を霧散させる。 それでも無反応な清香を見ていると自然と涙が溢れ出た。
「・・・どうして・・・ッ!」
一人病室で泣いているとノックの音が響いた。
「清香さんのご家族の方ですか?」
顔を伏せたまま首を横に振る。
「清香さんの彼氏さんですか? 少しお話が」
目を擦り上げると、清香に聞かれないと分かっていながらも豪と医者は廊下へと出た。 すると医者は一枚のカードを見せてくる。
「こちら、ドナーカードになります。 清香さんの持ち物に入っていました。 受け取ってもいいですか?」
「ッ、いいわけねぇ! いいわけないだろ!」
その言葉を聞いて強引にカードを奪い取る。 カードの裏を見ると確かに彼女の名前が書いてあった。
「清香の臓器を見知らぬ人にあげるだって!? そんなことは絶対にさせない! この俺が許さねぇ! 清香を死なせてたまるか!」
豪からしてみれば、清香まだ体温もあれば心臓も動いていて終わっていないのだ。 だが臓器を移植すればそれもなくなってしまうだろう。
他に困っている人が救われるかもしれないだなんて、豪には関係がなかった。 大切な人と見知らぬ人では、天秤に乗せることすら敵わない。 勢い任せにカードを破り捨てる。
豪の大きな声に驚き周りから視線が集まるもお構いなしだ。
「彼氏さんが、そう言うなら・・・」
想像していたよりも医者はあっさりと身を引いた。 本来なら家族に聞くことだろうが、豪に聞いてきたのには理由があった。 医者と別れると豪は一人病室へ戻る。
―――清香の臓器を知らない人がもらい、その知らない人が自分の人生を悠々と過ごす。
―――清香はもう動けなくなるんだぞ?
―――おかしいだろ、どうして犠牲になるのが清香なんだ!
「・・・清香。 お前は本当に、自分の臓器を赤の他人に渡したいのかよ」
そう呟いて彼女のもとへ。 もう一度手を握った。 少しだけの温もりに涙がまた出てくる。
「清香。 早く目を覚ましてくれよ。 俺と一緒に、これからも生きていくんだろ?」
ここで清香との過去の出来事が頭を過った。
「・・・何がただの貧血だよ。 脳死してんじゃんか。 俺は絶対に、清香を死なせないからな。 絶対に・・・ッ!」
そう言って力強く彼女の手を握り締めた。
―――・・・知っている。
―――全ては俺のせいなんだ。
―――もっと早くに、清香の異変に気付いてあげるべきだった。
―――もっと早くに、病院へ連れていくべきだった。
―――あんなにもずっと一緒にいたのに、どうして俺は気付いてやることができなかったんだ・・・。
―――清香が嘘を言って誤魔化していたせいじゃない。
―――それを見破れなかった、俺のせいだ。
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