心臓とドナーの共通点⑦




一年前、帰る場所がなくなった豪は兄の家へと向かっていた。 兄は一人暮らしをしていて、しばらく連絡を取っていない状態だ。


「おう豪。 急にどうしたんだ?」


アポなしでの急な訪問。 それでも兄は以前と同じように接してくれた。


「・・・家を追い出された」

「はぁ!?」


だがそれには流石に驚いたようだ。 中へ入り事情を聞かれたため全てを話した。 兄は聞いている最中、困ったように頭を掻いていた。 

酒を勧めたのは兄であり、それが原因となることから多少の責任を感じたのかもしれない。


「ふーん・・・。 まぁ全てがない状態で、急に出ていけと言われても確かに行く当てなんかないわな」

「あぁ。 だから兄貴、これからは」


大きく頷き、頼み込むように言ったのだが――――


「断る」


表情を変えず、兄はキッパリと言い切った。


「まだ何も言っていないだろ!?」


兄弟であるため弟の言い出しそうなことは分かっていたようだ。


「どうせ、ここで一緒に暮らしたいとか言い出すんだろ。 それは流石にごめんだ。 確かに酒を勧めたのは俺だけどな。 料理を教えた相手が包丁で人を刺しても、料理を教えた人間に責任はないだろう?」


確かに正論である。 だが豪は頭で分かっていても、ここ以外に頼れる相手がいない。


「・・・何だよ。 俺にホームレスになれって言うのか?」

「そうは言っていないだろ。 まぁ、そうだな・・・。 じゃあ一ヶ月だ。 一ヶ月だけなら、ここにいさせてやる」

「はぁ? それだけ!?」

「それまでにバイトでもして、一人暮らしをする金を貯めろ」

「そんな、一ヶ月でなんて無茶な」

「そこまで俺は鬼じゃない。 ここにいる間は一切金を払わなくてもいい。 光熱費や食費、全ては俺が出してやる。 それならいいだろ?」

「・・・」


何も言えずに兄を見つめた。 本来であれば破格の待遇であるが、自分の力で何かを成し遂げたことのない豪は不安だった。


「そんなに酒が飲みたいなら、自分で貯めた金で飲め。 その方が絶対に美味いから」

「・・・」


今度は兄を訴えるような目で見据えると兄は溜め息をついた。


「・・・はぁ、分かったよ。 二日に一本なら酒を奢ってやる。 それでお前のやる気が出るのならな。 ただし、一ヶ月で結果を出せなかった場合は絶縁する」


“絶縁”という言葉が効いたのだろう。 豪はその一ヶ月死に物狂いで働き、金を貯めた。 二日に一回酒を奢ってくれるとも言われていたが、それも断り働いた。 

金が溜まり兄の家を出て引っ越し、そこで久方ぶりに飲んだ酒の味は今でも忘れられないくらいに美味かった。 金がなければ酒は飲めない。 それを理解し今がある。 

結果的に豪の考え方は劇的に変わった。 もっとも、酒だけは止められなかったのだが。



「凄いですね。 僕も清香も、まだ実家暮らしなのに」


信一は話が一段落着いたのを見てそう言った。


「一人はいいぞ? 誰かにグチグチ言われることもないし、気が楽だ」

「一人暮らしは憧れます。 ・・・それで今は、ご両親とかに連絡は・・・?」


恐る恐る尋ねてくる信一に豪は考える素振りを見せた。


「・・・連絡はあれ以来していないな」

「あ、あの。 僕が言うのもあれなんですけど、ご両親とは連絡を取っていた方がいいと思います」

「どうしてだ?」

「豪さんが本当に困った時、大変な思いをすると思いますから。 頼れる人が身近にいないと、何かあった時に困るのは自分です」

「・・・まぁ、考えておくよ」


それからしばらくは沈黙が続いた。 家族の話をされ豪の機嫌を損ねたと思ったのか、信一は話し出してこない。 豪も過去を思い出し少々感傷にふけっていた。


「お前、そろそろ清香の家に行ってもいいぞ。 引き止めて悪かったな」

「あ、いえ。 こちらこそごめんなさい、その、差し出がましいことを言ってしまって・・・」

「別に気にしていない。 改めて考えるいい機会になったから」

「そうですか、ならよかったです・・・。 あ、えっと、豪さんと話せてよかったです。 また機会があったらお話させてもらってもいいですか?」

「あぁ」


そう言って信一と別れた。 信一の分は豪が出し、豪は一人ファミレスに残っている。 空になったビール瓶を眺めながら、深く溜め息をついた。


―――・・・家族、か。



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