心臓とドナーの共通点⑩




「・・・で、どうする? 移植を望むか?」


兄としては流石に弟が死ぬのは見過ごせないらしい。 だが豪は移植にいいイメージを持っていないのだ。


「移植なんて誰がするか!」

「え、お前死にたいの?」

「そんなわけねぇだろ! 俺の臓器を誰かに提供するのも嫌だし、他人の臓器が俺に提供されるのも嫌だ!」


そう言うと兄は驚いた顔を見せる。 そしてとんでもないことを口にした。


「そんなに移植を嫌うのか・・・。 お前の心臓は、とっくにお前のものじゃないっていうのに」

「・・・は?」

「あれ、まだ親父たちから聞いていなかったのか?」

「俺の心臓が俺のものじゃないだって? いつからだよ」

「豪が小学生になった時くらいだよ」

「そんな記憶、俺にはねぇぞ?」


小学生の頃の記憶なんて曖昧だが、流石に心臓を移植したとなれば忘れるはずがない。 にもかかわらず豪には一切の心当たりがなかった。


「じゃあ記憶が飛んだままなんだな。 話してやるよ、これはその時の記憶がある人から聞いた話だ」



豪が小学校一年生だった頃、夏休みに家族でおばあちゃんの家へと出かけていた。 豪はおばあちゃんっ子だったため、夏休みが終わるギリギリまで残りたいと言い出したのだ。

『自分一人で帰れるから』と言って家族を先に帰宅させ、自分だけがおばあちゃんの家に残った。 そして夏休みが終わろうという時、豪は一人で家に帰ることになった。 その時の話だ。

バスに帰っていると突然バスが大きく揺れ、崖から転落した。 まるでこの世の終わりとも思える揺れと共に転げ落ちる。 

幸いだったのが生い茂る木がクッションになり勢いが多少なりとも殺され、中にいた乗客が奇跡的にも助かったことだろう。 もっともバスは壊れてしまい、電波も繋がらない状況だった。 

だから助けを呼びたくても呼べなかった。


『僕、大丈夫?』


バスが傾いているため車内から出ることすら困難だ。 大人が手を貸してくれたため無事に外へ出ることができた。 運転手も乗客全員が無事のようだった。 

命は助かったもののどうにもならず、山を下りてみることなった。 その先は広い海で救助が到着するまで過ごすことにした。 持っている食糧を出し合いみんなで分け合う。 

豪もおばあちゃんからのお土産を持っていたため渡した。


『あの、よければこれもどうぞ』

『・・・! ありがとう。 みんなで平等に分けるからね』


子供の豪に大人たちは優しくしてくれた。 みんなで協力し助け合い何とか二日間は保つことができた。 だけど三日目になると節約はしていたが食糧が尽きてしまう。


『あの、これ最後の食糧みたいです』

『あぁ、ありがとう。 大切に食べるよ』


豪はいつもお世話してもらっている大人に食糧を運んであげた。 よく見ると大人の隣には小さな女の子がいる。


『その子は・・・?』

『さっきからずっと泣いていてね』


大人は少女の背中をずっとさすっている。 それを見た豪は持っていた自分の食糧を彼女に差し出した。


『・・・俺の分、あげようか?』

『え・・・』

『だって君、ここへ来てから何も食べていないでしょ』


それを聞いた大人は驚く。


『よくこの子のことを憶えているね』

『歳が近くて、子供なのは俺たちだけですから。 ・・・ねぇ、君。 不安で心配なのは分かる。 ここにいるみんなもそうだと思うから。 でもだからって、生きる希望を捨てるのは駄目だよ。 

 悲しむ人、絶対にいるからさ』


大人はそれを聞いて微笑んだ。


『僕、いいことを言うね。 さぁ、君も一緒にみんなのところへ行こう?』


少女は二人の言葉を聞くと頷いて大人と一緒に歩いていった。 食糧が尽きた後はそこらに生えていたキノコや海藻を食べて過ごす。 だがそれがどうもよくなかったらしい。 

食べた時は平気だったため食べれる食材だと思い込んでしまったが、後々重篤な被害を身体にもたらした。 遭難してから六日目、意識がなくなりかけた頃にようやく助けがきた。 

救助され病院へと運ばれたが心臓に重大な疾患を抱えてしまっていて、移植しなければすぐにでも死ぬという状態だったらしい。 

半強制的に心臓を移植され、目を覚ますと遭難していた記憶がすっかりと抜け落ちていた。



豪は兄からそのような話を聞き考え込む。 どこかで聞いたような話だったからだ。


―――・・・あれ、ちょっと待てよ、今の話って・・・。


「思い出した! さっきもその話を聞いたぞ! 清香も小さい頃、全く同じ状況にいたって!」

「本当か? もしかしたらお前たち、小さい頃既に出会っていたのかもな。 まさに運命じゃん」


―――ということは、あの小さな女の子が清香だったのか・・・?


思い出そうとしてもやはり記憶は戻っておらず思い出せない。 すると兄は言った。


「お前を生かすために心臓を移植したんだから、仕方がないだろ。 お前が目覚めた時に聞いたら記憶がないって言うから、俺たち家族は黙っていることにしたんだ。 

 心臓を移植したのもこの話を気を遣ってしなかったのも、全て両親の優しさだぞ」

「・・・」


豪は何も答えることができなかった。



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