第2話 魔力に清潔感がないよねって何さ!?
ここは駅前の飲み屋。時刻は20時。店内は空席が目立つが、そこかしこから楽しげな笑い声が聞こえていた。
その一席、向かい合った年頃の男女。その席は静かでどこか暗い雰囲気が漂っている。店員は別れ話だろうかと時折気にして視線を送っている。
女の方はしかし沈痛な面持ちではない。男に目もくれず堂々とスマホをいじっている様子からして、振る側だろうか。
「聞いてください、聖女様ぁ」
「聖女様はやめろ、指折るぞ」
聖女と呼ばれた女は、スマホの画面から視線を変えずに答えた。
「お願いします。相談に乗ってください。アカネだけが頼りなんです」
悲痛な面持ちで、スマホを持った女の手にそっと右手を重ねる男。
「はぁ……もぅ……。それで、何を聞いて欲しいんだ、ヨシキ?」
渋々といった面持ちで話を促すアカネ。もちろんこの時、ヨシキの指は3本折られた。
「おお、聞いてくれるか、アカネ。 ありがとう。あ、グラス空だね。何飲む?」
「ハイボールでいいや。あと、何か適当なつまみ」
「わかった。店員さん、ハイボール2つとから揚げと出し巻き卵1つずつお願いします」
「それで? 今日はやけにテンション低いじゃん。どうしたのさ?」
「今日の昼過ぎに工事現場でクレーンが倒れかけた事故があったの知ってる? あれ、クレーンの真横を『暴風族』達が通り抜けたせいだったんだよ」
「ああ、ネットニュースになってたやつね。族には逃げられたんでしょ?」
「そう。まあ、逃げられたのは別にいいんだけどね。ただ、ちょうどそこに居合わせたから、倒れてきたクレーンを強化魔法使って支えて元の位置に戻したんだよ」
「えらいじゃん」
ここでちょうど店員が注文したものを持ってきた。ちらちら顔を見てくるのが気になるが、とりあえず2人はハイボールを口にする。
「でしょ? 逃げ遅れて下敷きになりかけていた人達がいたからね。とっさの事だったけど助けられて良かったよ」
「格好良いじゃん」
「可愛い女子高生達だったからね。男として当然さ」
「男の子だったらどうしてたの?」
「男は自分で自分の身を守るべきだよ」
「このスケベ野郎。左手も出せ。そっちも3本折る」
「はい」
バキバキバキッ。
素直に差し出されたヨシキの左手は、右手と同じく中指、薬指、小指をアカネに折られた。
「さぞ感謝されて、キャーキャー言われたんだろうね。やだやだ男って奴は」
「僕もちょっとはそう期待したよ。でもね、悲しいかな、そうはならなかったんだ」
「なんでさ?」
「『魔力に清潔感がない。なんか汗臭い感じがしてムリ。助けてくれたのはありがたいけど、それ以上近寄られると吐きそう』って言われた」
「あー」
ここでヨシキはハイボールが入ったグラスを揺らした。カランと響く氷の音が哀愁を増す。
「魔力に清潔感? 汗臭い? どういうことなのさ……って、アカネ、なんだいその目は? まるで『え? 今まで気づいてなかったの? 対策もしてないの? 信じられない』って言っているようだよ?」
「正解」
「正解!? だったら早く教えてよ!?」
急に大きな声を出したことで、店員達はついに修羅場かと浮き足立った。アカネは気にせずから揚げにレモンをかけて口にした。
「もぐもぐ……いや、あたしは諦めて慣れる事を選んだから」
アカネがそこまで言うとヨシキはテーブルに突っ伏して肩を震わせだした。
泣いているようだ。店員だけではなく、店内の他のお客さんもひそひそと2人を気にして話の種に使っている。
「諦めて……だと……なぜ……」
「お風呂入る時に、魔力もちゃんと洗ってる?」
「……どうやって?」
「どうやってって言っても、普通に魔力を洗おうとするだけだよ。シャンプーやボディーソープを使った方が汚れ落ちるけど、シャワーだけでも結構綺麗になるよ」
それを聞いてヨシキは跳ね起きた。
「なんで今まで教えてくれなかったんだ!?」
「えー、常識だと思ってたからなー。まさかヨシキが知らなかったとは思わなかったよ。男の子だから洗ってもこんなもんかなーって」
「お、俺のばか……う、うぅぅ」
「マジ泣きかよ。……あ、店員さん、お会計で」
店員がレシートを持ってくるまで、アカネはヨシキの頭を撫で続けた。
「ほら、ヨシキ行くよ。でも今まで何もしてなかったにしては私的には許容範囲だからさ。これから洗う習慣つければすぐ良くなるよ。今日早速やってみよう」
「……うん。……やり方教えてね」
2人は高校の時の同級生で、現在21才。
2人は異世界からの帰還者である。
昨今、数多の異世界帰り達が、事件を起こし、そして解決している。
その中の1人、魔力に清潔感がない元勇者もある意味で事件を起こしている。ネットでは残念ヒーローとあだ名まであるのだ。しかし、それは相方である聖女の知識が解決してくれるはずだ。
店内の皆は優しい面持ちで2人の背中を見送ったのだった。
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