第3話 魔力がつまらないって意味わからん

 ここは駅前の飲み屋。時刻はいつもより遅い22時。明日は土曜日だ。店内はまだまだ楽しげな笑い声が響いている。


 その一席、向かい合った年頃の男女。その席は静かだ。そしてどこか緊張感が漂っている。これはプロポーズでもするのかもしれない。年配の店員は時折気にして視線を送っている。


 女の方はしかし動じた様子も見せずスマホをいじっている。照れ隠しだろうか。


「聞いてれるか、聖女様」


「聖女様はやめろ、爪楊枝刺すぞ」


 聖女と呼ばれた女は、スマホの画面から視線を変えずに答えた。


「大事な話なんだ。聞いてほしい。頼むよ、アカネ」


 真剣な面持ちで、スマホを持った女の手に両手を重ねる男。


「まったく……。何だよ、その気持ち悪いキャラ作りは? 悪いものでも食べたのか、ヨシキ?」


 渋々といった面持ちで話を促すアカネ。


「はは、気持ち悪いなんて。いつも通りじゃないか、痛いっ!! ……あ、アカネさん、ワインでもどうですか?」


「赤ね」


「アカネだけに、赤痛いっ!! 店員さん!! 至急赤ワイン、グラスで2つ!!」


 ヨシキの手を貫通した2本の爪楊枝はアカネにグリグリと弄ばれている。


「それで? 仕事の飲み会あったんだろ? こんな時間に呼び出したのは、そんな変なテンション見せるためか? それならテーブルの上の爪楊枝全部費用済みにする事になるんだけど?」


「さーせんした!! アカネさん!! 以後気をつけますので、お許し頂けないでしょうか!!」


 颯爽と土下座するその姿。年配の店員は、若かりし頃妻に土下座プロポーズをした事を思い出した。


「まあ、座れや。許すかどうかは話を聞いてからだ」


「あざっす!! それでは僭越ながら説明をさせて頂きます!!」


 元通り椅子に腰掛けるヨシキ。アカネの無言の圧力に負け、両手はアカネの握る爪楊枝の下だ。


「今日19時から会社の飲み会があるってお話していましたがそれはウソで、本当は『勇者会』の合コンでした!! 痛いっ!! それで魔王を倒した勇者の魔力をアピールをする流れになったんです!! 痛いっ!!」


「続けて?」


「はい!! それで、僕のアピールで事件はおきました!! アピール後にトイレに行ったんですが、戻る時に女の子達が、『彼、魔力、ダサいよね』って言っていたのを聞いたんです!! 心が痛い!! 最後は僕以外の勇者が女の子をお持ち帰りしました!! 同じ人数だったのに、僕の隣には誰もいないんです!! 不思議ですね!!」


「不思議だね」


 ここでちょうど店員が赤ワインを持ってきた。頼んでもいないおつまみがある。年配の店員の顔を見る。泣いていた。その優しさに僕も泣いた。


「でね? アカネに無性に会いたくなってさ」


「ふーん」


「急なのに来てくれてありがとうございます」


「はいはい。女の子は可愛いかった?」


「レベル高かったよ、痛い」


「男の方は?」


「僕も含めて皆イケメン痛い、はい僕以外です。すみません」


「そういう所が魔力に出るんだろうね。ダサさがさ」


「その通りです。でもできればアドバイスを頂けないでしょうか?」


「どんな?」


「『魔力がダサい』の解決法」


「んー」


 ここでやっと片手だけ開放されたヨシキはグラスに手を伸ばす。持ちにくそうだ。


「古い型の、きらびやかさの全くない合理性だけの魔力運用。人によってはダサく見えるだろうね。でも、それで1つの世界を救ったんだ。自信持ちなよ。私は好きだよ、それ」


「アカネ……痛い痛い痛い」


「こっち見んな」


「照れ隠しでもちょっと刺しすぎだって……痛いっ!! 捻りは加えないで!!」


 テーブルの爪楊枝がなくなってようやくアカネは落ち着きを取り戻した。テーブルは倒れ付したヨシキの血と涙で染まっている。


「帰るか」


「はい……」


 「店員さん、お会計をお願いします」


 年配の店員がレシートを持ってくるまでに、アカネはヨシキの残した赤ワインを飲み干した。


「ほら、ヨシキ行くよ。今日はあたしに嘘をついたバツであんたの奢りだからね。これに懲りたら、2度と合コンなんて行くんじゃないよ?」


「……」


「返事しろ!! この大馬鹿スケベ野郎が!!」


 2人は高校の時の同級生で、現在21才。


 2人は異世界からの帰還者である。


 昨今、数多の異世界帰り達が、出会い、そして別れている。


 その中の1人、魔力がダサい元勇者は、上辺しか見ない者との別れを経て、自分の価値を深く理解してくれる美しき聖女との出会いが、今も続いている事を再認識し、深く感謝した。


 年配の店員もきっと良い出会いとして続くだろう。ヨシキはきっとまたこの店に来る。

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