第4話 魔力が卑屈な人ですよね
ここは駅前の焼肉屋。時間は20時半。店内に漂う香ばしい匂いと、想像力を駆り立てる音が食欲を加速させる。
その一席、網を挟んで向かい合った年頃の男女。その席は静かだ。肉に集中しているようだ。
特に女の方。こちらは相当の焼き肉奉行に違いない。新人の店員は固唾を飲む。
しかし男はそんな女の雰囲気には気づいていないのかニコニコしっぱなしだ。
「テレビ見たよ、聖女様」
「聖女様とその話題はやめろ、焼くぞ」
聖女と呼ばれた女は、網に並べる前の肉を見る目で男を睨んだ。
「ほら、番組録画しておいたよ。しかもブルーレイで最高画質。アカネにあげる」
男は袋からディスクケースを取り出すと、アカネと呼んだ女に渡した。
アカネはため息をつきつつも受け取った。
「はいはい、ありがとヨシキ。これでこの話終わりね」
「えー、せっかくだから放送裏話とか聞かせてよ。『聖女会』は特集組まれる位皆の注目なんだよ? 可愛い娘しかいない上に、皆おしとやか……あ、もちろん余所行きのアカネも良かったよ。……ん? ッアッツゥ!!」
アカネはヨシキのディスクを渡し終わった手を掴むと、間髪入れず網に押し当てた。
「あたしがこんだけ裏表あるんだ、他の娘らもそうだと思わないのか?」
「え……」
「もちろん本当に裏表のない尊敬できる良い娘ばかりだよ? でも中にはちょっとあれな娘もいてね。今1番人気の新人聖女の大空リリィなんてそれはもう……。あ、思い出したら腹立ってきた」
ヨシキの手を網から引き剥がすと続けてタレに押し付けた。
「っめっちゃしみるぅ!!」
「番組終了後の控室で急にマウント合戦を始めてさ。聖女としての実力は他の娘達と比べると少し劣るのは自覚してるんだろうね。すぐに相方の勇者の話題に持ち込む。何がうちの勇者様はイケメンで強いの、だ」
「わかったから、少し落ち着いて。あ、店員さん、牛タンとハラミ、あと生ビール2つ」
「それだけなら別にいいよ。正直、私より弱い勇者だし、顔が良くても興味ないから」
「まあ、アカネはそこいらの勇者が束になっても敵わないからね。あっちでは攻撃に回復にと頼りになる聖女様で助かったよ。あ、待って!! レモン汁はヤバいって!! っぐああぁぁしみるぅ!!」
ここでちょうど店員が注文したものを持ってきた。ヨシキは右手を使えないので、左手を使って牛タンを網に並べる。
「でも大空リリィはその辺知らないから、勇者アピールに夢中。しまいには他の聖女の相方下げを始めてね。覚えてる? あんたが『勇者会』で合コンに行った時の事。そこにいたんだってよ、大空リリィ」
「……えー、記憶にないなぁ」
「自分所の勇者様を見張るために変装して参加してたんだって」
「こっわ」
「で、その時の勇者達の立ち居振る舞いを暴露し始めてね」
「えーと……僕の事は何て?」
「『名前は覚えてないんだけど、1人魔力が卑屈な人がいたんです。見た目もぱっとしない。魔力もダサいし卑屈。他の勇者達に気を遣わせて、最悪でした。ねぇあれ誰の相方ですか?』だとよ?」
「ははは、これは手厳しい。ってか魔力が卑屈ってどういう事だろ?」
ヨシキは首を傾げる。
「まあ、全部分かるんだけどさ」
「……」
「あんた魔王を倒したのに、無駄に自分を卑しめるじゃん。理由は知ってるけどもう少し態度を変えないと、死んだ魔王も浮かばれないよ?」
「……そう、だね。気をつけるよ…」
「そうしな。で、話を戻すけど、今話した通りにあたしは理由を知っている。何も知らない小娘に言われたい放題じゃ、例え本当の事でも頭にくる」
バキバキバキッ。
ヨシキの左手は、アカネの手の中で小さくなった。まるでマジックだ。
「それでアカネさんはどうされたので?」
「ああ、もちろん、『あたしん所の勇者だよ』って名乗り出たさ」
「それから?」
「あたしの聖女力を、存、分、に、知ってもらったさ」
「大丈夫だったの?」
「もちろんちゃんと伝わったよ。他の娘らは協力して結界を張ってくれた。10分位で結界の維持が怪しくなったから、やめたんだけど、大空リリィは素直に謝ってくれたよ」
「何て謝ってたの?」
「『小物を倒した位で粋がってすみませんでした姐さん』だと」
「つまりそれって結局、僕の評価はそのままなんだね」
ここでヨシキは生ビールの入ったグラスを傾けた。
「アカネ、まだ何か頼む?」
「んー、いいや。せっかくだし、録画見たい」
「了解。店員さん! お会計お願いします!」
店員が持ってきたレシートを持って、レジに向かった2人。
「あ、アカネごめん。財布開いてもらっていい? 片手じゃ開けにくくて」
「なんだよ、鈍臭いやつだな。……ほらよ」
「ありがとう。やっぱりアカネは頼りになるね」
「だろ?」
2人は高校の時の同級生で、現在21才。
2人は異世界からの帰還者である。
昨今、数多の異世界帰り達が、テレビで特集されている。
その中の1人、魔力が卑屈な元勇者と相方たる聖女は、知る人ぞ知る有名人だ。
レジを担当した新人の店員は、焦げのある潰れた右手をぶら下げているにも関わらず笑顔を浮かべている元勇者と、ドヤ顔の聖女の顔を見て、うわさ通りなんだなぁと感動を覚えていた。
こうやって2人の隠れファンが増えていくのだった。
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