第5話 しつこい魔力の持ち主
ここは駅前のカフェ。日曜日の11時。店内は少し早いランチだろうか、カップルや女性がまばらに席を埋めている。
その一席、テーブルに湯気が緩やかに浮かぶ香り高いコーヒーとサンドイッチを2セット並べた男女が向かい合っている。
女の方はスマホをいじりながら、合間にコーヒーとサンドイッチに手を伸ばしている。
指の動きが激しい様子を見ると、何かしらのゲームをやっているのだろう。
「聖女様、聖女様、ちょっと聞いて下さいよ」
そんな女の興味を引きたいのだろう。男の方は、女のスマホの横で手を振りアピールしている。
「んー」
聖女と呼ばれた女の関心は引けなかったようだ。スマホを操作する指の動きは変わらない。
「聖女様? ねぇ聖女様ぁ」
「きいてるきいてるー」
絶対に聞いていない。良い人なのに可哀想だなぁ。2人が座る席の隣のテーブルを拭く店員は思った。しかし、男の方は騙されたようだ。
「昨日は『聖女会』についての話で終わっちゃったけどさ、聖女様に聞いて欲しい話があったんだよね」
「へー」
「昨日午前中にね、『獣血会』メンバーの2人組の男が駅前でずっとナンパしててね。ほとんどの女の子は無視していたんだけど、1人飛び切り可愛い子にしつこく絡んでいたんだよ」
「ん?」
「ああ、なんで『獣血会』のメンバーか分かったのかって? それはナンパの口上に2人が話してたからだよ」
「はぁ」
「ね、ナンパで所属組織名乗るなんてちょっとあれだよね。まあ、それは置いておくとして、しつこく絡まれた女の子があんまりにも可哀想だったから、止めてあげようと声を掛けたんだ」
「っ!」
「びっくりした? 僕はこう見えて『勇者会』の所属だからね、可愛い、もとい可哀想な女の子は見逃せないよ。聖女様と同じでね?」
男はフッと、本人的にはニヒルな笑い顔を見せた。店員はそういう格好付けは男に似合わないと思った。
「まあ、もちろん男達は憤るわけだよ。揉めたね。そうしているうちに警察がきて、とりあえず一段落。と思ったら、まさかの僕まで連行されかけてね」
「えー」
「曰く、しつこく女性に付きまとう2人組の男がいるという通報があって駆けつけた。しかし現場には3人いる。2人は通報通りの人相だし、人数が違ったが、もう1人もしつこい魔力の持ち主だ。仲間だろう、と」
「……」
「絡まれていた女性が否定してくれたから事なきを得たけど、あわや拘置所行きだったよ。そうなっていれば『聖女会』の特集も見れなくなる所だったよ。まったく人を魔力の見た目で判断しちゃいけないよね? ……って聞いてる? 聖女様? おーい、聖女様ー?」
「なあヨシキ?」
聖女と呼ばれた女はここでやっと、ヨシキに答えた。スマホをいじる手は止めないが。
「ん? なんだいアカネ?」
「今の会話で、『聖女』って何回言ったか分かる?」
「……さぁ?」
「10回だよ」
「……」
「なあ、ヨシキ?」
「はい、なんでしょうかアカネ様?」
「あんたの両手の爪の数は何枚?」
「10枚です」
「つまり?」
「剥がされますね」
「正解」
2人は高校の時の同級生で、現在21才。
2人は異世界からの帰還者である。
昨今、数多の異世界帰り達が、街に溢れ騒ぎを起こし、逆に取り締まられているている。
その中の1人、しつこい魔力の持ち主たる元勇者の、たまにみせるしつこい絡み方を取り締まるのは、もちろん相方たる聖女だ。
しつこい男には罰があたる。店内に響く10回の悲鳴を聞いた店員、もとい助けられた女の子は、この2日間でそう学んだ。
格好良く助けてくれた時と、今日の格好悪さのギャップにくすりと笑いながら、2人が去った後の、血だらけのテーブルを拭いたのだった。
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