第10話 彼の魔力にはモザイクが必要ですね

 ここは対魔力素材で作られた最新の国立競技施設。時刻は9時。競技会に参加する異世界帰還者達と、それを撮影するスタッフ達で賑わっている。


 その中に、周りから極端に距離を取られた年頃の男女がいた。男は不思議な光沢の軽鎧を、女は豪華そうな白いローブを身に纏っている。その上から、『勇者会』と『聖女会』と書かれたゼッケンをそれぞれ重ねている。


 女は、まさに聖女といった慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。男の方は真っ青で引きつった表情だ。慈愛の塊から僅かに漏れ出す不穏な波動が原因だろう。


「あの……アカネ……?」

「いつもの様に聖女様って呼んでいいのですよ、勇者様?」


 アカネと呼ばれた女のその一言で、勇者と呼ばれた男の額に汗が浮かんだ。


「せ、聖女様……わ、私めの事はいつも通りヨシキでお願いします。そ、それと、今日は撮影スタッフもいるので、どうか穏便にお願いします」

「……」


 ヨシキと名乗った男の顔は、アカネと同じ方向を見ている。それは当然だろう。よく見るとアカネの目は血走っているのだ。視線を合わせる勇気などないのだ。膝がガクガク震えているのだ。何が勇者か。


 原因は、あるソロの女勇者がアカネを勧誘した事だった。それだけなら穏便に断って終わる話だったのだが、その女勇者に取り入りたい異世界帰還者や撮影スタッフ達が勝手に口を挟み、挙げ句の果てに、ヨシキに対して、『彼の魔力にはモザイクが必要ですね』なんて笑ったものだから大変だ。


 自分が嘲笑された事なんて気にしている場合ではなくなった。アカネの蛮行をお茶の間に流す訳にはいかないのだ。なにせ今日は生放送なのだから。


「お願いします!! 聞いて下さい、聖女様!!」

「お静かになさって、勇者様」

「ひえっ!!」

「……勇者様、ちょっとお耳を」


 アカネはヨシキの耳に唇を寄せ、両手で覆った。


「――後で覚えておけよヨシキィ?」


 地獄から這い上がって来たかのような重く、暗く、静かに響く脅しの言葉。ヨシキの心臓は一瞬止まった。



 ◇



 ここは競技フィールド。時刻は10時。ボロボロの異世界帰還者達と、それを撮影していたスタッフ達の呻きと悲鳴で賑わっている。


 その中心は、向かい合う年頃の男女。男はボロボロになった軽鎧を、女は豪華そうな真っ赤なローブを身に纏っている。


 女は、まさに鬼といった憤怒に満ち、形だけの笑みを浮かべている。男の方は血で染まりながらも力強い覚悟の決まった表情だ。目の前の暴力の塊が原因だろう。


「聞いてくれよ、聖女様」

「聖女様はやめろ、ぶん殴るぞ」


 言葉と同時にアカネの拳がヨシキの頬にめり込んだ。


「そんな事を言わないでくれ! 俺とお前の仲だろう!?」


 悲痛な面持ちで、その手を握る男。


「はぁ……もぅ……。それで、何を聞いて欲しいんだ、ヨシキ?」


 渋々といった面持ちで話を促す女。もちろんこの時、男の手は思い切り殴り落とされ、ついでにもう片方の頬に拳がめり込んでいる。


「おお、聞いてくれるか、アカネ! ありがとう!」

「はいはい」


 ドゴォ!!


「ぐほぉ!! アカネがさ、俺のために怒ってくれてるのは嬉しいよ? でもさ、そのせいでアカネが悪く見られるのって嫌なんだよね。だからさ、この辺で落ち着こう? ね?」

「誰が、アンタのためだ。調子に乗るな」


 バキィ!!


「ぐひぃ!! じゃあ、別の理由でもいい。そうだね、アカネ、ああゆう乗りって嫌いだったもんね、怒っても仕方ないよ。でも、制裁はこれ位でいいと思うんだ。ほら、皆反省してるって」

「アンタがさっきから邪魔してるから、誰一人トドメをさせてないんだけど?」

「だってアカネ、本気で殺ろうとしてるんだもん。流石にそれは何としても止めるよ」

「何でだよ? 後で蘇生はするぞ」


 ズガンッ!!


「ぐえっ!! それはもちろんアカネが大切だからだよ。蘇生するって言っても、何かしらの罪には問われるでしょ?」

「……」


 ドガガガガガ!!


「アバババババッ!!」


 アカネの連撃をモロに受けたヨシキ。それでも踏みとどまっていた。その背中には怯える人々。その立ち姿はまさに勇者だった。


「ふんっ。分かったよ。アンタに免じてここまでにしてやる」

「ありがとう、アカネ!!」


 攻撃をやめたアカネにヨシキは抱きついた。一本背負いでフィールドに沈んだ。


 守られた撮影スタッフは、助けられた事にはもちろん素直に感謝の気持ちは湧いていたが、とてつもなくキモい魔力に触れている不快感は別問題で、正直吐き気を抑える事に必死だった。


 異世界帰還者の方は実力によって反応は様々だったが、全員共通して、2人に対して畏怖の念が込み上げていた。


 アカネはすぐに回復魔法を使った。一瞬で全員の怪我と痛みは消え、フィールドの破壊跡も元に戻った。


「ヨシキ、飲みに行くぞ。奢れ」

「分かった。たまには昼から飲むのも良いね。あ、撮影スタッフの皆さん、色々ご迷惑をお掛けしました。俺達、帰ります。改めて競技してください」

「「「…………」」」


 あんな目にあったのにニコニコ笑顔を浮かべられるヨシキ。この場にいる全員、引いていた。アカネは一人先にズンズン歩いて行く。


 2人は高校の時の同級生で、現在20才。


 2人は異世界からの帰還者である。


 昨今、数多の異世界召喚者が、実力を競い高めている。


 その中の1人、モザイク必須な魔力を持つ元勇者は、相方である聖女の卓越した実力にたまに苦労しつつも、帰還の最大の助けになっていた事に感謝と喜びを常に感じていた。

 だからこそ元勇者は聖女の最大の助けになろうとする。聖女はそれを感じて、勇者に隠れて笑うのだ。

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