第11話 ゴキブリに似た魔力

 ここは駅前の飲み屋。時刻は20時。店内は珍しく満席で、いつにも増して騒がしい。


 その一席、向かい合った年頃の男女。その席は静かで暗い、重々しい空気に満たされている。店員はああいつものやつかと楽しげに視線を送っている。


 女の方もああいつものやつだと気にせず、メニューを眺めている。


「……聞いてください、聖女様」


「聖女様はやめろ、ビンタ喰らわずぞ」


 聖女と呼ばれた女は、メニューから顔を上げると、恐ろしい眼差しで、男を睨んだ。


「……それでもいいです、聞いてください……」


 今にも涙が零れそうな瞳で見つめられると、流石の女も邪険にし辛い。ため息を一つついて男の頭をガシガシと乱暴に撫でた。


「今日は随分落ち込んでいるんだな、ヨシキ」


 調度その時、店員が少し前に頼んだ注文を持ってきた。その店員の顔には、これは珍しい物を見たと言わんばかりに驚きが浮かんでいた。


「店員さん、追加で生ビール1つお願いします」

「かしこまりましたー」


 ヨシキと呼ばれた男の前にある一杯目のビールはほとんど減っていない。女はそれを手に取り、自分の前に置いた。


「新しいの頼んだから、来たらそっち飲め。で、どうしたんだ?」

「……ありがとう、アカネ。――今日昼前に迷子の女の子を見つけてね。『魔法少女組合』に行きたいって言うから案内したんだ。どうやら今日は月1の魔法少女ショーをやる日だったみたい」

「あ、分かった。誘拐犯に間違われたんだろ?」

「ハズレ。それは組合に着くまでに6回あったけど、気にする事でもなかったよ」

「それもそうか。いつもの事だしな」

「そうそう。それでね、無事組合に着いたから、女の子とお別れしようとしたんだ」

「まあ、そうだろうな。――あ、ビール来たぞ」


 店員が持ってきたビールをヨシキが受け取り、少し口を湿らせた。


「ところが困った事に女の子が泣き出してね。変わった子で、珍しく懐いてくれたから慌てちゃったんだ。そしたら、囲まれて……」

「あー、魔法少女にか」

「そう。もう、『痴漢』『女の敵』『ロリコン野郎』『誘拐魔』等色々言われながら攻撃されたよ」「なるほど。つまり落ち込んでた理由はそれか」

「残念。傷付いたけどこれもいつもの事だよ」

「確かにな」


 ヨシキはグラスをグイッと傾けた。


「攻撃されたからといって、可愛い魔法少女達に攻撃できないたいっ。 アカネ? なんでビンタしたの?」

「ムカついた」

「あ、ごめん……」

「続けろ」

「……はい。――組合の中で、避けに避け、逃げに逃げたんだ。誤解だ話を聞いてくれーって言いながらね」

「で?」

「疲れ果て倒れ込む魔法少女達の出来上がり。泣きそうな顔と粗い呼吸。なかなか――」

「キッモ」

「……」

「キッモ」

「ごほん。その後悲しい事を言われました。『ゴキブリみたいに速いね。あと、ゴキブリの集まりみたいな魔力でびっくりだね。凄いね凄いね』って」

「? 魔法少女達か?」

「ううん。連れてきた迷子の女の子」

「……。懐いてたんだろ?」

「うん。悪気は全くなかったね。キラキラした尊敬の眼差しだったよ、ははっ……はぁ」


 ヨシキはグラスを再び傾け、飲み干した。アカネは手元にあった元ヨシキのビールを傾け、飲み干した。


「今日は潰れるまで飲むぞ。あたしの奢りだ」

「あ、アカネさまぁ」


 ヨシキは、グラスを持つアカネの手を両手で握りしめた。両目から感涙がたきのように流れている。


「あ、そこの店員さん。焼酎水割り2つお願いします」

「かしこまりましたー」


 この後2人は閉店まで飲み続けた。飲み比べをしているかのように同じ酒を飲み続けた2人だったが、先に酔い潰れたのは意外にもアカネの方だった。ヨシキは会計を済ますと、アカネを背負って店を後にした。


「今日は付き合ってくれてありがとう、アカネ」


 2人は高校の時の同級生で、現在21才。


 2人は異世界からの帰還者である。


 昨今、数多の異世界帰り達が、夢を見せ、夢を壊している。


 その中の1人、魔力がゴキブリの群れに見える元勇者も、今日1人の少女の夢をガラリと変えてしまった。迷子の少女は次の日から、『THE・敵の幹部』という集まりのショーに行くようになったのだ。


 後に、それを知った元勇者は再び絶望に沈みかけたが、今日の聖女の優しさと温もりを思い出し、なんとか踏みとどまったという。


 ちなみにその時聖女は、腹を抱えて大笑いしていたのだった。

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