最終話 パパキモい
ここは駅前の飲み屋。時刻は20時。老舗だけあって店内は賑わっている。
その一席、向かい合った男女。男は自棄酒だろう、空いたグラスがテーブルを埋め尽くしている。右手にはもちろん新しいビールがある。
女は慣れているのだろう、男に目もくれず堂々とスマホをいじっている。
男は新しいビールを一気にあおり、空になったグラスをテーブルに叩きつけた。
「聞いてくれよ、聖女様!」
「聖女様はやめろ、ひねり潰すぞ」
聖女と呼ばれた女は、スマホの画面から視線を変えずに答えた。
「そんな事を言わないでくれ! 俺とお前の仲だろう!?」
悲痛な面持ちで、スマホを持った女の手を握る男。
「はぁ……もぅ……。それで、何を聞いて欲しいんだ、ヨシキ?」
渋々といった面持ちで話を促す女。もちろんこの時、男の手は思い切りはたき落とされている。
「おお、聞いてくれるか、アカネ! ありがとう!」
「はいはい。あ、店員さん。生ビール2つ。あと、フライドポテト1つ」
「今日さ、アサヒに『パパキモい、キライ、あっち行って!!』って言われたんだよぉ!!」
「いつもの事じゃん」
「そうだけど、傷付くんだよ!!」
「はぁ、それで? それだけ?」
「あと、ヒナに『おねえ!! パパキモいって思ってても言っちゃダメなのよってママから言われてるでしょ!!』って……」
「……」
「何か言う事ある?」
「2人とも今日はお説教だな。よし、そうと決まればすぐ行こう。ほらっ」
アカネと呼ばれた女が立ち上がり、鞄に手を伸ばした。しかしその手をヨシキと呼ばれた男が握った。
「さっき頼んだのを飲んでからにしようよ」
「ああ、そうだった」
アカネは再び席に着いた。
「……まあ、2人への説教はいいよ。ただ、代わりにフォローはよろしくね」
「わかった」
2人は目を合わせて頷くと、手に持ったビールを一気に飲み干した。
「さあ、可愛い娘が待ってる。急いで帰ろうアカネ」
「はいはい、わかってるよヨシキ。――店員さーん。お会計お願いしまーす」
2人は高校の時の同級生で、現在34才。
2人は異世界からの帰還者である。
昨今、数多の異世界帰り達が、正義だ愛だと子ども達の心を騒がせている。
しかし、その中の1人、元勇者は、愛する娘達に心を騒がせられている。愛する娘達の前で泣いてしまわないように、その嘆きは、飲み屋の喧騒と、妻である聖女の優しさの中に消える。
そう、娘の前で勇者であるために。
ちなみに、ヨシキが勇者になれるのは、アサヒとヒナがアカネにがっつり怒られている時だけである。
「「助けてパパぁ!!」」
「よしきた任せろ愛するむすめ達!! ――落ち着いてよ愛するママ!!」
「どいてろパパぁ!!」
「ぐふぅ!! ま、負けないぞーー!!」
「「パパがんばれー!!」」
魔力がキモいってなんだよ!? 滝の裏いと @taki41414
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