第21話 ~襲撃、再び~エルトリア大陸への帰還
6週間ほどの船旅を終え、ようやくエルトリア大陸はクレイニースまで戻ってきた2人。
最初にアルーナ・ディエスを出た時は春先だった季節も、すっかり夏へと移ろっていた。
「さすがに暑いなあ、でもこれ脱ぐわけに行かないわよね……」
これ、とはフード付きマントである。
うっかり忘れるところだったが、こちらの大陸では獣人に馴染みがないのだ。どんなに暑くてもこれを脱ぐ訳にはいかない。
今回はファルエストに寄る必要はないので、直接アルーナ・ディエスに向かうルートを取るつもりだ。
そうすると大体6日ほどで到着出来るはずである。
道中の5日間は野営になるだろうから、準備のためにも、船旅の疲れを癒すためにもここに1泊したい所だが、ここに来てサリュナを激しい焦燥感が襲う。
デュークに諦めよ、と言われた時に妙に胸がざわついた理由を思い出したのもある。
そう、あれはファルエストだった。
――諦めなされ
確かに老婆はそう言った。
だからこそ焦り、気持ちは逸る。
一刻も早く帰らなければ。なにか取り返しのつかないことが起こる、ような気がする。
それが何かは分からない、けれど。
そんなサリュナを慮り、トーヴァンはクレイニースには1泊せず、最低限の荷物だけ準備してそのままアルーナ・ディエスに向かう――はずだった。
クレイニースを出てすぐ、にわかに空が曇り始めた。
雨こそ降ってこないものの、昼間だと言うのに夜と見まごう程に暗くなり。
ズドぉぉぉン!!!!
轟音と共に雷が落ちたかと思うと、周囲の闇が集まりだしたかのように、2つの黒い影が現れた!!
見た目は牙狼穴で襲ってきた物とほぼ同じ。剛毛の闇で出来た丸い獣……強いていえば目のない猪のようなフォルム。
ただ、こころなしかあの時より一回り大きい気がする。
明らかにサリュナを狙う2つの影。
今のところ野生の勘で攻撃を避けてはいるが、このままでは拉致があかない。
――落ち着け、考えろ!!
影の攻撃を避けながら必死に自分に言い聞かせる。
しかし妙案は浮かんでこない。
すると、突然竪琴の音が聞こえてきた!!
そして、トーヴァンが高らかに歌う。不思議な響きを持つ歌を。
!!あの時デュークに貰った歌!!
その歌を聴いた(?)とたん、影たちの動きが止まった。必死にもがいているが、まるで蜘蛛の巣に絡め取られた羽虫のようだ。
そして、サリュナもまた、デュークに貰った指輪に祈った。
――私に身を守る力を!!!
祈りに応えるように、指輪が光の粒に変わったかと思うと、みるみる別の形に再構成する。
それは銀製のツメとなって、サリュナの右手に装着された。
――
思いを込めて右手を振り下ろす!!
ジュウウウウウウ――
耳障りな音を立てて影が消滅する。
「あと一体!!」
もう一体に右手を振り下ろしたその時。
プツン
!!
曲が途切れた。弦が切れたのだ。
振り下ろした右手は命中こそしたけれど。
曲が途切れたことで動き出した影の攻撃を避けきれず、サリュナの左脇腹がざっくりと裂ける。
!!!!!!!
2匹目の消滅を確認するやいなや、倒れ込んだ。
「サリュナ!!」
トーヴァンが呼びかけるも、あまりの激痛に声さえ出ない。
――くそっ!!僕のせいで!!
「サリュナ、しっかりしろ!!」
――絶対、死なせない
「待ってろ、今医者の所へ連れていく!!」
サリュナを背負い、決して早くはないが遅くもない速さでクレイニースへと戻る。出発したばかりなのが幸いし、すぐに街の宿が見えてきた。そこまで背負っていくと、宿屋の店主に事情を話し、ベッドの用意と応急処置を頼む。
その間にトーヴァンは獣人の医者を探した。
そして、獣人でこそないが、獣人を診たことのある医者に訪ねあたり、急いで宿に来て欲しいと頼むと、快く着いてきてくれた。
――頼む、間に合ってくれ!!
宿に戻ると、応急処置を施されたサリュナが意識を失っていた。
「サリュナ!! サリュナ!!」
「落ち着きたまえ。獣人はそう簡単に死なん。」
狼狽するトーヴァンに、医師はそう言うと、手際よくサリュナの診察と治療を始めた。
「…喜びたまえ、急所は外れている。内蔵も大して傷ついていないようだ。今は失血と痛みで意識が飛んでいるが、獣人なら3日もすれば目を覚ますだろう。5日もすれば完治だな。」
「そうかい、そりゃあ何よりだ! 兄ちゃん、これで安心だな!」
宿屋の親父ががっはっは、と笑う。
しかしそれらが耳に入っているのかいないのか、トーヴァンはサリュナのベッドから離れようとせず、ひたすらサリュナの名を呼ぶのをやめなかった。
「今はそっとしといてやった方が良さそうだな」
やれやれ、と医者は肩を竦め、
「とりあえず容態が落ち着くまでは毎日様子を見に来るよ。何かあったら直ぐに知らせてくれ。」
そう言い残して帰って行った。
サリュナ――!!
トーヴァンはサリュナの手を握りしめ、ただひたすら彼女の名を呼ぶのだった。
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