第9話 ~潮風に吹かれて~港街の災難

 学術都市を離れて、1週間ほど。

 アルドローグ大陸に渡るため、ヴィエリアス国最大の港街クレイニースに2人はいた。


 貿易も盛んらしく、異国の文化であろう物もそこかしこで見受けられた。


 また、この街にはごく少数ではあるが、アルドローグから渡ってきたと思しき獣人けものびともいるようで。(だからと言ってフードを取ることはしなかったが)かなり自由に出歩ける。


 サリュナは、この街の獣人達と話をしてみたくて仕方がなかった。けれど、実際に彼らに話しかけても、何故かあまり相手にして貰えない。


 勝手に親近感を抱いていただけにショックだったが、その理由を最悪の形で知ることになる。


 それは、獣人を探して行き着いた酒場で、いかにも海の男と言わんばかりの(というか単なる荒くれか?)獣人にうっかり声をかけてしまったことから始まった。


「こんにちは、獣人の方ですよね?」

「それがどうした、ってねーちゃんも……いや、あんたは紛いもんか」


 ?!

 紛いもん…確かに生まれつき獣人の彼らからしたらその通りだ。しかし…本来獣人ではないとはいえ、紛いもんと言われたのに少々傷ついてしまう自分に奇妙な感覚を覚えた。

 そんなサリュナを知ってか知らずか、獣人の荒くれは続ける。


「あー、臭うなー!臭うぜー!!紛いもんの臭いがよ!」


 そう言って上から下まで舐め回すようにサリュナを眺め。


「へへ、ねーちゃん、よく見たら紛いもんの割にべっぴんじゃねーか。」


 酒が入っているのもあるのだろう、目付きがいやらしいものに変わっていき。


「ちょっと俺の部屋来いよ!イイコトしようぜ……」


 荒くれはそう言うとサリュナの腕を強引につかみ、連れていこうとする。


「やめてください!!」


 必死で抵抗するサリュナ。身体能力が上がっているとはいえ、さすがに同じ(と言っていいのか分からないが)獣人の、しかもかなりガタイのいい男性の力には勝てず、少しづつ引きずられていく。


 他の客は酒が入っているせいか、面白がって煽るものはいても、止めようとするものはおらず。


 もうダメだ……連れていかれる……

 抵抗する力が限界に達しそうなその時、


 ピィーーーーッ!!


 不快な音が辺りに響きわたり、自分も含めて獣人の力が抜ける。


 と、


「サリュナ、こっちだ!!!」


「トーヴァン!!」


 恐怖に涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、声のした方へ何とか走る。


 2人でしばらく走ると、そこは港だった。

 男が追ってこないことを確認して、荒い息を整えるために深呼吸。


「しばらくここで海でも見て気分転換しよう!」

「うん」


 海鳥の声と微かな波の音。

 特に会話を交わすわけでもなく、海を見つめてボーッとする。


 辺りを吹く潮風が少しひんやりしてきた頃、ようやくトーヴァンが口を開く。


「危ない目に遭わせてごめん。」

「ううん、私の方こそ勝手に1人で行動してごめんなさい。もうしないわ。」

「うん、その方がいいね、何かあった時に困るから。今回は何もなくてよかった」

「ところで、さっきの音は何?」

「ああ、獣避けの笛だよ。昔護身用にもらったんだ。人には聞こえないが、獣の不快な音が出るらしい。あの時咄嗟だったけど、獣人にも効いて良かったよ」

「人には聞こえない、か」

 感傷に浸るサリュナに、

「あああ、ごめん、君にも不快だったよね。

 慌てるトーヴァン。


 そんな彼を見て彼女はくすり、と笑った。


「そろそろ宿に戻らなきゃ。明日から船旅ね」

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