第4話 ~旅の道連れ~君の名は

 ひとしきり泣いて落ち着くまでの間、青年はただ静かに待っていてくれた。


「そういえば、名乗っていませんでしたね。僕はトーヴァンと言います。見ての通り旅をしながらうたを紡ぎ、広めることを生業にしているものです。宜しければ何にお困りなのかお話し頂けませんか?」


「はい。私の名はサリュナ。実は……」


 トーヴァンに促され、ぽつりぽつりと語り出す。

 人として扱ってくれたことが嬉しくて、警戒心などとうに忘却の彼方だ。

 そして話しながらふと見た彼の

 薄い紫色のそれはまるで透き通っているかの如く、一片の曇りもない。険しくはないが鋭い眼差しは、本当の自分を見透かされそうな気がするほど深く澄んでいる。


 ――なんて綺麗……


 思わず見蕩れそうになってふと我に返って恥ずかしさに赤面……したのだろうけども、体毛で伝わらずに済んだようだ。




 そうこうしてる間に時は過ぎ、一通り成り行きを説明し終えた。


「……そういう訳で、今の私の姿ではこの身に起こったことを解明したくとも、その足掛かりすら掴めそうにないのです」


「なるほど……。それはお困りでしょう。もしよろしければ、私が貴女の旅のお力になりましょう。人との交渉や情報収集を貴女の代わりに致します。」


「ありがとうございます! でも…何もお礼が出来ないのに、何故そこまでしてくれるのですか?」


「ふふふ、最初に言ったでしょう? 僕は困った人が放っておけない、って。それに…気に入ってしまったんですよ、貴女のこと」


「本当に何もお礼できませんよ?」


「そんな事は心配無用です……が、もしどうしても気になるというのなら……」


 そこでトーヴァンは一旦言葉を切り、悪戯っぽく笑った。


「?」


「僕の恋人になって下さい」


「?!」


 突然の事に動揺するサリュナを後目に、笑いながら


「冗談ですよ! 僕は気に入った人をからかう悪癖がありましてね、なかなか治らないんですよこれが。いくらあなたが美しくても、人妻に手を出すほど僕も怖いもの知らずじゃありませんから」


 怒っていいのか、安堵していいのか分からないでいる彼女に、真顔に戻ったトーヴァンは続ける。


「さあ、そろそろ日が暮れます。外は危ない。僕の今宵の宿で今後の相談をしましょう」


 この人を信用してもいいのだろうか?

 そんな不安がよぎったが、他に頼れるものもない。

 掴みどころのない不思議な青年に着いていくしか、今はないのだった。

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