第8話 ~遥けき地へ~かけられた呪(まじな)い
2人は少し怯えていた。
通された別室とは、呪術師ギルドマスターの執務室だ。
そこは、今までの普通の建物と一変して、ありとあらゆる呪具がひしめき合い、初めてここが呪術師ギルドであると確信できる不気味さを醸し出していた。
「何、そんなに怯えることはない。楽にしたまえ。とって食ったりはせんよ」
部屋の雰囲気に不釣り合いなほど明るい語り口のこの男こそが、どうやら呪術師ギルドマスターらしい。
思っていたよりは、若い。
60過ぎの老人が出てくると思いきや、40代そこそこの渋い二枚目である。
とことん想像をぶち壊してくれる。この部屋の雰囲気以外は。
「お嬢さん、獣人化とは可哀想に。しかもこれはただの獣人化するだけの呪いではないようだ。君には真実を知るだけの覚悟は、あるかい?」
軽い語り口だが、真剣な瞳でギルドマスターはそうサリュナに問うた。
ほんの少しだけ、瞳は揺れたが。
「はい。私はこの身が変じてから、決めたのです。この呪いの原因を突き止め、元の姿に戻って愛しい人の元へ帰る、と。」
真っ直ぐに見返す瞳にもう迷いはない。
「そうか……では、単刀直入に結論から言おう」
ごくり。
自分の喉から唾を飲む音が聞こえる。
「この呪いは、僕ら呪術師ギルドでは解呪できない。従って、解呪料も発生しない」
!!!!
全身の血の気が引いていくのが分かる。
こんな…こんなことって…
思わず崩れ落ちそうになるサリュナを、トーヴァンが慌てて支えるのを後目に、ギルドマスターはこう続けた。
「まあ、そう絶望するな。我々にはできない。けれど、君自身が覚悟と決意を持って解呪の儀を行えば、呪いは解けるだろう。そう、この
「私に、しか……」
「そうだ。だが、真実を知るというのは得てして覚悟と喪失を伴うものだ、覚えておきなさい。」
「はい。」
覚悟と喪失を伴う……その重さに決意が鈍りそうになる。けれど、今更後戻りなどできない。出来るわけがない!!
その意志の強さを汲み取るように、ギルドマスターは言葉を続ける。
「どうやら君やご主人の状況を鑑みて、この呪いは2段階になっている。1段階目は君のご主人に憑依する呪い。そして2段階目で術者がご主人に憑依した状態で獣人化の呪詛を君にかけた、と、こう考えられる。」
ギルドマスターが間を置く。
カチ、カチ、カチ…
部屋の時計の針の音がいやに大きく響いた。
「一つ一つの呪いは大したものじゃないが、ふたつの呪いを同時にかける、というのはとても高度な呪術でね。とても普通の人間にできるとは思えない。……そうだな、できるとしたら…よっぽど強い怨念を持った未熟な術者が高位の悪魔でも召喚したかな……」
強い怨念?!
背筋が凍る思いだった。
誰かに恨まれる覚えなど全くなかった。
一体、誰が――
「怨念が強すぎて術者は絶命している可能性が高い。誰かを突き止めるのもほぼ不可能だろう。獣人化の呪いもとくことは出来るだろうが、解呪の条件が分からない。これは君が見つけるしかなさそうだ。」
「……どこへ行けば、分かりますか?」
気を抜けば溢れてしまいそうな様々な感情を必死に押し殺しすような声で、サリュナは問う。
「……そうだな、ここからは遠いが。ザルドローグへ向かうといいだろう。」
「ザルドローグ?」
聞いたことの無い地名にサリュナは戸惑う。
「
トーヴァンが独り言のようにつぶやく。
「ほう、君はアルドローグ出身だったか。ならば話が早い。連れて行っておやり。獣人の国ならば、獣人化の呪いに詳しい者もいるだろう。直接解呪の条件が分かるかは不明だが、ヒントくらいはあるだろう。」
トーヴァンに言うと、サリュナに向き直り、
「きっと辛い旅になる。気をつけてな。」
呪術師の長は、優しく、悲しげな表情で2人を送り出した。
一縷の希望に縋らんと、サリュナ達は旅立つ。遥かな地、ザルドローグを目指して。
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