マーリン

 《竜》と言う生き物は実に多種にて多様だ。

 木箱の上で猛回転するベーゴマ。その内の一つが勢いよく弾かれ、戦いのリングから追い出される。その軌跡を動物的な反射で瞬時に追い、キャッチ。口に咥えて得意気な顔をする翼竜ワイバーンの幼体も居れば――

「はっはっ、これは参った。私の負けだ、コサメ。また相手を頼むよ。何、次はこうは行かないと約束をしよう。練習をしておくからね! さぁ、シラヌイ。私の愛機を返し――え? 負けたら取られる? ……どういうことだ、レフティ?」

 五歳児も髭面のおっさんも子供扱いしてベーゴマをくれる金翅鳥ガルーダも居る。


「ベーゴマの基本ルールだ。諦めな」


 小雨に愛機を奪われたおっさんの悲し気な視線を受けて、木煙草を齧りながら樹雨。


「……成程。幼少期からこの様な闘争の中に身を置いていたが故、皇国の竜騎兵は勝負勘が磨かれていると言う訳か……」


 そんな樹雨の言葉に、祖国が負ける訳だ、と何かを間違えながら、感心する様にアーダルベルト。

 先の大戦。人類側の国に勝者は居ない。それでも国土の差から極東の島国と引き分けたと言う事実は、広大な領土を持つ帝国からしたら敗北と呼ぶべきことらしい。


「っーかよ、こんな所でサボってていいのか?」

「下は見たか、レフティ? 北壁ほくへきまでの道中は深い森が広範囲に広がっている。仮に賊が上手く物資を奪ったとしても――」

「逃げ道がねぇ」

「そう言うことだ。こうして警備には出るがこの航路で賊に襲われることは――」


 アーダルベルトの懐で震え、鳴き声を上げだす機関通信機エンジン・フォン


「……」

「……」


 余りに良過ぎるタイミングにアーダルベルトの片眉が持ち上がり、樹雨の咥えた木煙草がぴっぴこ揺れた。

 出ても良いかい? と胸元を指差すアーダルベルト。どうぞ、と樹雨が肩を竦める。


「――私だ。……そうか。分かった。直ぐに飛べるのは二騎だ。他は滑走路を使わせてやりたい。……いや、竜騎兵だ、竜騎兵。魔女種ウィッチは今回、要望されていない。――いや、ウチではない。それは別の傭兵団だ。――いや、だから魔女種ウィッチはいないんだ。あ? あぁ、そうだ。滑走路無しで飛べるとびっきりが二騎だ。それで良いな? この貸しは高くつくぞ。――そういうことだ、レフティ」

「……仕事の時間かぃ、クーガー?」


 通話の終了――と言うか、通話の最中に掛けられた声に「獲物は?」と樹雨。


魔女の箒ウィッチ・ブルームとブレードマンタだ。連中、小型で揃えて――」

「森からの強襲。奪った後はそのまま森へ……ってところか?」

「……いや、私なら船を森に落とす」

「あぁ、そっちのがありそうだな。大した戦術眼だ。所で『この航路で賊に襲われることは』の続きは何だったんだ?」

「……それは勿論『十分にあり得ることだ』に決まっているだろう?」

「あぁ、そうかぃ」


 にやにや笑いながら樹雨。そのまま木煙草を短く二本に割ってそれぞれを左右の奥歯に噛ませる。飛ぶ準備だ。


「小雨は竜舎に放り込んどく。雑用は一通り仕込んであるから良ければ使ってやってくれや――ファプ!」


 小雨にベーゴマの紐の巻き方の手本を見せている相棒に声をかける。分かってる、とでも言う様に手が挙げられる。


「仕事の時間かな、レフティ?」

「魔女混じりだぜ、ファプ。どうだ? やる気の方は?」

「無いな。生憎と女を落とすのは好きだが、墜とすのは好きじゃぁない」







『そろそろオレとのトークが恋しくなった頃かと思うが……どうだ、レフティ?』


 武器を揃え、陽炎に鞍を背負わせていた時だ。通信機を通して耳に届いた聞き覚えのある猫人種マオの声に樹雨は「は、」と軽く笑った。


「リクエストを出した覚えはないぜ、マーリン」

『オゥ、相も変わらず元気そうで嬉しいぜ。ファプは初めましてだな? エースにはA級ウィザードの作法に従ってお前らのエレメントを担当をするオペレータ、魔法使いマーリンだ』

「ハイブリット2、ファプ了解、っと。……よろしくマーリン。野郎のアンタが担当になってくれてとても嬉しいよ。泣きそうな位にね」

『……あぁ、そう。大戦の英雄二人に歓迎されてオレも嬉しいよ。オレも泣きそうだぜ? そんな訳でお互いの視界が涙で滲む前に仕事を始めようと思うんだが……どうだい?』

「賛成だ。出撃前のブリーフィングタイムも無いくれぇだからな」


 帝国製の取り回しの良い騎兵向きの突撃銃、レルム55に弾を食べさせながら樹雨。

 滑走路を使わずに飛べる奴を欲しがった位だ。余裕は余り期待しない方が良いだろう。そう思ったのだ。「……」。二回連続の緊急発進スクランブル。運が悪いのは樹雨か、アーダルベルトか……まぁ、両方だろう。どっちも殺しはこなしている。この世に怨念と言うモノがあるのなら二人して結構な量を背負っているはずだ。


『ありがとよ、レフティ。そんじゃエレメントリーダーの了解を得られたところで、お仕事のお話だ。聞いてるとは思うが敵は魔女種ウィッチとブレードマンタって言う小型で揃えて来てる。森に逃げ込まれたら――』


「俺は追えねぇ」と軽く、そっけなく、翼竜ワイバーンに乗っている樹雨。

「オレ追えちゃう……」と悲し気に金翅鳥ガルーダに乗っている鳶丸。


『つまり戦力は半減ってわけだ。ソレは面白くないから空に居る内に墜としたい。それと連中、デカい船を主に狙ってる。墜とせなくても良いから最低でも引きはがしてくれ。後は……そうだな、なるべく速く着いて欲しいから、牽引を頼みたいんだが……どうだ?』

「慣れたもんさ。なぁ、レフティ?」

「……アレ陽炎が消耗すんだよ」


 ノーと言えない皇国人である樹雨はノーと言う代わりにとても嫌そうな声をだした。


『良しそれじゃ――……問題無し、と。牽引ロープを用意させた受け取ってくれ』


 そして、そんな控え目な意志は黙殺されるのが国際社会と言う奴だ。見習いの竜騎兵がマーリンの指令を受けて直ぐに牽引用のロープを持ってきた。その運搬半の中に小雨。途中まで付いて来たは良いが、まだ小さい小雨は出撃前の滑走路付近への立ち入りは許可されていないのだろう。樹雨を見つけてぶんぶんと大きく手を振っていた。


「あー……ウチのチビ、邪魔になってねぇかな?」


 ロープを受け取りながら樹雨。


「え? あ、ちゃんと使えてるます!」


 突然正規の竜騎兵に声を掛けられ、微妙な敬語を返す見習い。額に角持つ鬼種の少年は少しあわあわしていた。


「そうかぃ。そんなら良かった。使えねぇんなら容赦なく叱って仕込んでやってくれ」


 言って、ゴーグルを降ろして陽炎の足元にロープの端を転がす。くる、と一度、嫌そうな鳴き声を上げた陽炎がそれでもしっかりとロープの端を掴む。

 そして反対側の端を、これまた嫌そうに轟天丸が引っ張って行った。

 それを苦笑いに樹雨が見送る。ロープの端を傍らに置いた轟天丸が屈んで鳶丸に背を向ける。背負った――と言うよりは纏った鞍。その轟天丸右肩の留め具に鳶丸が右足を固定して、背中の方の留め具に左足の金具を噛ませ、轟天丸の背中にくっ付く様に鳶丸が身体を小さくする。

 亜人型の《竜》への独特な騎乗姿勢。それを取った鳶丸が大きくくるんと手を振る。

 ハンドシグナル。準備完了。


『準備は?』


 それを見たであろうマーリンからの通信。


「オーケイだ」

「同じく」

『そんじゃ紳士諸君。お仕事の時間と洒落込もうか。離陸後、ハイブリット1の牽引によりポイントへ急行。その後は船の防衛をメインに後続が来るまでの時間を稼いでくれ。あぁ、勿論、好きなだけ敵騎を撃墜して貰って構わない、以上だオーバー。お前らの幸運を祈ってるぜ』

了解ウィルコ。ハイブリット1、レフティ。出る」

「ハイブリット2、ファプ。同じく。――エスコートは任せたぜ、相棒?」


 振り返り、人差し指と中指を揃えた敬礼を送ってくる相棒。その回答に樹雨は取り敢えず中指を空に突き上げて答えておいた。








あとがき

・プチ宣伝

 近日発売予定のDoggyに関する情報を挙げたよ。

 興味がある方は割烹みてね!

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禽眼ドラグナー ポチ吉 @pochi

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