第12話 愛の形

 まだ幼かった頃、遊び疲れて、よく床で寝ていた。

火照った身体には、冷たい床は丁度良かった。

両親はそんな僕を見て、起こさない様に静かに過ごしてくれていた。

 2人とも僕が気づいてないと思っている様だが、母さんがこっそりバスタオルをかけてくれた事、父さんが写真を撮っていた事は、うっすらと見えていた。

結局、最後は、ほんのり汗を掻いて起きてしまう。その時、最初に目に入る優しい眼差しが僕は大好きだった。


あぁ、2人の夢を見るのは何年ぶりだろうか。

懐かしくも幻想的な揺り籠に心を乗せ、ユラユラと身体を預ける。


だが、これはあくまでも頭の中が作りだした記憶の断片。

今はもっとすべき事があった筈。

映写機で霧に投射したかの様な脆い2人はブルブルと鳴る振動と共に姿を消していく。


甘木はハッと目を覚まし、立ち上がろうとしたが、両手両足を後ろで紐で縛られ、身動きが全く取れないでいた。

「なんだ、これは」

 仕方なく、毛虫の様にクネクネと身体を動かして進もうとする甘木だが、何者かの足が阻止される。

「どこに行く気ですか。回収員さん?」

声がする方を見上げると、耳まで裂けそうな位、不気味な笑顔を見せる酒井が立っていた。

「これは、どういう事ですか。酒井さん!」

「あなたが悪いんですよ。家の中に入ってくるから」

酒井はソファーへ座り、ティーカップを口につける。

「まさか、あの時に何か入れてたんですか?」

「そうです。あなたが私と亜香里との新婚生活を脅かす者だからですよ」

「新婚生活?」

「そうです。おい、亜香里。挨拶をしなさい」

と、酒井が手を叩くと台所から鎖を引きずりながら、町田亜香里が満面の笑顔で姿を現した。

「初めまして。酒井亜香里です」

 互いを温かい目で見つめる2人。側から見れば、確かにラブラブな新婚夫婦なのだろうが、どうしても鎖の擦れる音が「これは違う」と甘木に訴えかけている。


「酒井さんと町田さんが結婚なんてあり得ない。会社での噂を聞いています。いつも酒井さんは、町田さんへ嫌がらせをして反感を買っていた筈。その証拠に公園前の襲撃事件は町田さんが酒井さんへ抱いた恨みをベースにしたNEGAが関わっていた。酒井さんを殺したい程、憎んでいる町田さんが、どうして結婚なんか…」


甘木は、ここまでの疑問を実際に口に出す事によって散り散りになっていた点同士が自分の中で繋がっていくの感じた。


「まさか、自分の欲望を叶える為に彼女を!」

酒井は静かに立ち上がり、甘木の顔面に強烈な蹴りを入れる。

「さすがはトゥルトピアの職員さんですね。実に勘が良い」

甘木は鼻血を出しながら、酒井を睨みつける。


「そうですよ。私は亜香里が大好きだ。初めて会った時から、この鎖の様な運命の糸で彼女と結ばれている事に気がついたんです。なんて、美しい女性だ。何人もの女性を見てきたが、私の美しさに匹敵する程の美貌を持つ女性がいるとはね。なので、必ず結婚してあげようと誓ったんです」


1人、両手を広げて話を始める酒井。

リビングは家庭的な空間から劇場へと変貌する。


「だけど、この子は鈍感だから、私から積極的にアプローチしてあげたんだよ。正直、私も恋愛経験は無いから、彼女が好きな漫画の冒頭をマネしたんだ。運命的なカップルの始まりは、まず喧嘩からだもんね」

酒井は町田を引き寄せて頭を撫でる。


「だから、私は徹底的にこの子に嫌がらせをしたさ。仕事を押し付け、難癖をたくさんついた。全ては亜香里と最高のカップルになる為の下準備だった。でも、亜香里も偉かったよ。私の嫌がらせに対してもキチンとスマイリーを使ってストレスを解消し、めげずに出勤して共に過ごした。そして、頃合いを見て私はLOVEな告白をしたんだ」


強制的にハートの形を2人の手で作る酒井。


「すると、どうだろう。亜香里は私を振ったんだ。振ったんだ。振ったんだ。振ったんだ。振ったんだ。振ったんだ。振ったんだ。振ったんだー!!」


「そうでしょうね」

別に火に油を注ごうなんて思いは無かったが無意識にポロッと口に出してしまった甘木。

酒井はその言葉を聞き逃さず、ガラ空きの腹に蹴りを入れる。


「だから、鈍い亜香里に私が運命の相手だと理解出来る様にと、この家を買って招待したんだ。初めは私も心苦しかったよ。鎖で繋いで教育するのは…。でも、スマイリーのお陰で亜香里は精神を保ちながら、ここまで頑張ってこれた。トゥルトピアには感謝しています。私達の為にありがとうございました。私達は幸せです」

酒井は町田の頭を掴み、頭を下げさせる。


「これのどこが幸せなんですか? 酒井さんに対するストレス全てを強制的に排除するこんなやり方が! それに、酒井さんは気がつかないんですか? 自分の受けた傷を見て、彼女があなたに抱いていた本当の気持ちを!」


甘木の言葉を鼻で笑う酒井。

「私達の恋愛は他人には分からない。確かに亜香里が私を恨んでいたのは事実だろう。だけど、それはコイツが無知で愚かで鈍感で本当の愛を知らない田舎娘だったからだ。ならば、良き夫として、過去の過ちは受け入れてやろうと思う。だから、重症をおっても、3日間も飲まず食わずの亜香里を心配して頑張って退院してきたんだ」


酒井は背後からナイフを取り出す。

「それで僕を殺す気ですね。それもいいでしょう。だけど、これだけは断言できます。あなたは、決して逃げられない」

ナイフの刃に反射した夕陽が酒井の顔を不気味に照らす。

「最後の言葉が、ただの虚勢とは何とも哀れですね。では、さようならー」

 甘木の心臓目掛けて、酒井はナイフが振り下ろした次の瞬間、ガシャーンと窓を割る大きな音によって遮られた。


2人がすぐさま、窓の方に目をやると、そこには割れたガラスの破片をメキ、メキと踏みながら中に入ってくる横柄な男が1人、立っていた。


「おい! 早く電話に出ねーか。馬鹿野郎!」

「すみません。着信には気付いてたのですが、手足がこんなもんで」

武藤はニヤリと口角を上げ、酒井を睨みつける。

「ちわーす! NEGA回収に来ました」



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