第7話 尋問と可能性
武藤の漂わせる空気に緊張しているのは、畳矢だけ。
甘木はいつも通りとニコニコとしており、渦中の山下は、のほほんと穏やかな目で3人を見ている。
これほど、お餅の様に柔らかい表情ができる彼女とあの日、誰よりも狂気に満ち溢れていた彼女が同一人物である事は、当事者の2人でさえ信じられないでいた。
「武藤さん、気持ちは分かるんですが、まずは私から話をします」
と、顔色を伺う畳矢であったが案の定、話は勝手に始まる。
「俺は武藤。トゥルトピアの職員で、あんたを止めた1人だ」
「ちょっと、武藤さん! 話が違うじゃないですか?」
「誰もあんたに協力するなんて言ってねー。俺はトゥルトピアの職員としてこの子に話かけてるんだ。あんたは、その後で刑事としての仕事をしな」
甘木はポンと畳矢の肩に手を置き、諦めさせる。
「話が逸れてすまない。それで、君はあの日の事を覚えてるのかい?」
山下は、「あの日」と言う単語に身体をビクつかせる。
「いえ、事件の事は全く覚えてないです」
「じゃあ、どこまでの記憶があるんだ?」
「仕事前の朝食をコンビニで買って、バス停まで歩いてる所です」
「バス停の名前は?」
「春山公園前です」
「ちょうど、事件が起きた辺りですね」
「そうだな」
メモを取る2人を見て、慌てて手帳を取り出す畳矢。
「それなら、あの男とは面識はあるのか?」
「それも無いです。目が覚めた後、刑事さんに写真を見せられたけど、全く面識のない人でした。本当に私も何がなんだか、分からないんです」
目に涙を浮かべる山下を見て、畳矢が割って入る。
「もう、良いでしょ。今日はこの位にしておきましょう」
「わかった。それじゃ、また、いつでも話が聞ける様に君の電話番号をこの紙に書いてくれないか?」
と、武藤は小さな紙とボールペンを取り出す。
「ちなみに、これが俺の番号だ」
武藤はメモ用紙にミミズが這った様な字で書かれた電話番号を渡し、山下のと交換する。
「あと、これ僕の番号です。もし、事件の事以外でも何か悩みがあれば、いつでも電話してもらって良いですから」
「ありがとうございます」
笑顔で一礼する山下の耳元で甘木はそっと囁く。
「ちなみに、僕もパーリーエンジェルズのファンです」
「え、そうなんですか! あのアイドル達、ばり良かですよね」
と、笑顔で答える山下をその場に残し、3人は病室を出る。
正直、噴火の如く騒ぎ出すのではないかと心配していた畳矢は安堵する一方で何も新しい情報が無かった事に肩を下ろす。
「せっかく、来て頂いたのに何も収穫無かったですね」
「お前、本当に刑事か?」
「無かったどころか、大漁ですよ。やはり、武藤さんの考えてた通りでしたね」
「あぁ、そうだな。よし、俺は準備したらすぐに下に降りるから、収集車を表に回しておいてくれ」
「了解です!」
2人だけが話を進める中、1人で焦る畳矢。
「ちょっと、2人とも何か分かったんですか? 私も連れて行って下さいよ」
「駄目だ。あんたは、あの男が目覚めたら色々と話を聞いておいてくれ」
「僕達も何か新しい情報が入ったらすぐに連絡しますから、安心して下さい」
甘木はニコっと白い歯を見せ、駐車場へ向かう。
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