第5話 3人の負傷者

 愛が溢れるこの国でも、やはり人は病に侵されるし怪我もする。

その為、トゥルトピアが経営する「聖陽病院」は街にとって必要不可欠。


 毎日、色んな患者が運ばれてくるが、一度に3台の救急車が赤いサイレンを鳴らし、立て続けに血塗れ姿の男女を運んできたのは初めてだ。


病院スタッフは職業柄、血を見る事には慣れているが、これだけいっぺんに目の当たりにすると、やはり圧倒される。


3人の内、一番出血の酷かった酒井道夫は、有無を言わさず集中治療室へ運ばれ、緊急手術となった。


一方、武藤は首に大きな歯形状の傷を負っていたが、幸いにも消毒と絆創膏対応で終わり、一番血塗れだった山下つぐみは、全くの無傷。

血は全て酒井の物であり、山下は気を失ったまま。体を洗浄され三日三晩、微動だする事なく眠っていたが、この季節には珍しい大雨が降る朝に目を覚ました。


この情報は、3階下のトゥルトピアが用意したロイヤルスイート室へもすぐに届いたが、見舞い金数えに集中している武藤には全く気にせず真剣に聞いてるのは、甘木だけ。

「結構、貰えるなー」

「情報ありがとう、佐々木さん。また、何かあったら教えて下さい」

「甘木君のお願いなら、いつでも良いわよ」

と、純白のナース服を着た佐々木は手を振りながら、605号室から出て行く。

「武藤さん、山下さんが目覚めたらしいですよ」

「知るか! こっちは首噛まれたんだよ! 2度と会うか!」

「それが、事件の事を直接謝りたいって言ってるんですが…」

「うるせーな。俺は名誉ある特別休暇をもらってんだよ。あんな得体の知れない女には、近づかねーよ」


武藤は煙草に火をつける。

「そうですよね。僕もあんな怖い目にあったら、震え上がってヒィヒィ、ハァハァ言いますもん。無理しなくて良いですよ。後は、最終的に事件を終結させた僕が行くのでご安心を!」


「ふざけんな! 誰が、びびってるって? しかも、お前はほとんど、気絶してただけだろうが! 俺がいたから、解決出来たんだよ」


 武藤が煙草の煙と一緒に血を昇らせていると、廊下で話を聞いていた一人の男が止まらない汗をハンカチで拭きながら入ってきた。

「やはり、そうでしたか。それでしたら、ご協力よろしくお願いします。勇敢なあなたの力を、この若輩者にお貸しください」


 ベルトにお腹の肉を乗せ、ヘラヘラと笑いながら喋るその姿は、ひょうたんにおかめ面を付けたかの風貌。

 

「あんた誰だよ?」

「申し遅れました。私、刑事の畳矢淳たたみやあつしと言います。今回の事件について、彼女から色々と話を聞いたのですが、覚えてないの一点張りで困ってるんですよ。だから、当事者のあなた方に話を引き出せてもらえないかと」


「おいおい、めちゃくちゃな刑事だな。俺はあの女に噛まれたんだよ。つまり、被害者な訳。そんな俺が何であんた達の仕事手伝わないといけないの?」


「まぁ、協力しますって僕が言ったんですけどね。勇気ある僕がね」

甘木はいつもと変わらぬ笑顔で武藤に近づく。

「チッ! 生意気な野郎だな」

短くなった煙草を見て灰皿をそっと差し出す甘木。

「それに彼女も被害者かも知れません」

武藤は目を細め煙草の火を消す。


「あ、ちなみにここの病室は禁煙なので、協力してくれないと逮捕しますよ。へへへ」

「やかましい! あの女の所に行けば良いんだろ! 行ってやろうじゃねーか! そんで、しっかりと懺悔の言葉を聞いてやるわい!」

武藤は二人に肩をぶつけ、905号室へ率先して向かうのであった。

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