第14話 まだ、序章に過ぎない。

 酒井宅での事件から1週間がたった。

町田亜香里はスマイリーの多用による「スマイリー症候群」の発症手前まできていたが、聖陽病院での加療によって何とか生活を送れるようになった。


 翌日の武藤と甘木の調査により町田宅のNEGA BOXから何者かが不正にNEGAを回収していた事が証明された。

無論、彼女に下された判決は無罪。

町田亜香里は武藤と甘木に深い感謝の意を伝えて両親と共に秋田へ帰って行った。


 酒井はと言うと、僅かに残ったNEGAを回収され、すぐに救急搬送されたがガラスの破片が完全に頸動脈を切断しており死亡。

その時の表情はどこか町田亜香里に似ていたと担当した医者が言っていた。


 こうして、町田亜香里監禁事件は無事に解決したが、酒井が亡くなった今ではNEGA感染事件の真相は残ったままである。


 その後、武藤と甘木は山下が利用していたコンビニやバス停、公園付近の防犯カメラを徹底的に調べたがそれらしい人物を特定する事は出来ず、事件は迷宮入りとなった。


 だが、山下は自分が犯した傷害事件がNEGA感染によるものと証明され、無罪となり2人に感謝した。

「すみません、山下さん。あなたにNEGAを感染させた犯人を見つけれませんでした」

「良いんですよ。私は無実を証明してくれただけで充分ですから」

「次からは背中に気を付けろよ。もう、感染なんかさせられんなよ」

「わかってますよ。2人ともありがとうございました」

山下は笑顔で手を振り、2人の元を後にする。


「なんか、悔しいですね」

「あの子なら、大丈夫だろ。スマイリーもあるし、すぐに忘れるさ」

「そういう問題なんですかね」

「知らねーよ。あ、もう定時だから俺、帰るわ」

「はい、お疲れ様でした。また明日、よろしくお願いします」


 1つに重なった影は左右に分かれ、各々の目的地へ進んでいく。

一つは荒くも力強く。

一つは優しく柔らかく。

また、いつもと変わらない退屈な明日が来ることを願って…。




トゥルトピア本社横にそびえ立つ聖陽病院にその内の影が花束を持って再び入る。

居心地の良かった生活を忘れられない性なのか。

男は手慣れた様に手続きを済ませ、1005号室へと足を運ぶ。

すれ違う看護師達は、いつもの通りに彼へ頭を下げて挨拶をする。

そして、その無骨な手で扉を開き、ベッドに座って外を眺める1人の女性に声をかける。

「よっ、ただいま。絵里」

「あら、おかえりなさい。友春さん。今日もみんなの為にNEGA回収頑張ってきたの?」

「まあな。そうだ、これ花買ってきたんだ。絵里が好きなバラだよ」

「まぁ、素敵ね。ありがとう」

武藤は絵里の横にそっと座り、一緒に外を眺める。




惨劇があったとは到底、信じられない物静かな酒井宅。

今でも立ち入り禁止のテープを貼られ、警察以外は中には入れない。

せめてもの供養だと玄関先に花束を置く甘木。

「酒井さん。あなたがした事は、到底許される事ではない。だけど、そんなあなたの悪意を知ってながら、止めようともせず、利用した奴がいる。それが僕には許せない。だから、必ず犯人を見つけ出して捕まえます」

甘木は、そっと両手を合わせその場を後にする。背後から見られている事にも気づかずに。


「彼がその内の1人かい? なんだか、可愛い顔してるね。全然、頼りなさそうだけど」

「まぁ、私の所までは辿りつけなかったけど、今回の監禁事件は見事に解決したわ」

と、山下は風に髪をなびかせる青年と肩を並べる。

「でも、君も物好きだね。僕が盗んだ町田亜香里のNEGAを自分に感染させるなんて」

「だって、面白そうだったもん。お陰で普段では味わえない最高の快感を得たわ」

「いいな。じゃあ、次は僕の番だね」

 青年は甘木を照らす三日月の様な笑みを浮かべ、山下と共に姿を消す。

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バキューマーズ 〜ストレス回収社〜 盛田雄介 @moritayu

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