第2話 NEGA回収業務
今日の初仕事は築40年の2階建て木造アパート。
古き良き昭和後半に建てられた歴史ある建築物。
大家は1階に住んでる80歳のお婆さん。
家主が高齢と言う事もあり、このアパートの草抜きや掃除などの雑務は、他の居住者がボランティアで行っており、いつも清潔に保たれている。
「よし、6部屋ならすぐ終わるな」
「そうですね。じゃあ、1階から始めていくんで、NEGA BOXにホース繋いだら、スイッチお願いします」
「はいよ」
甘木はNEGA
それぞれのBOXには直径15cm、縦15cmの円柱状のガラス容器が取り付けられており、いずれも中には緑色のガスが入っている。
「うん。皆さん、しっかりとNEGAを排泄してるな」
甘木は1番左端のNEGA BOXに社員カードを当てロックを解除。
その後、BOXのコネクターにホースジョイントを接続させ、武藤に向かって合図を送る。
「武藤さん、接続完了です!
「はいよー」
武藤は3つのスイッチを順番に押すと
「おー、結構溜まってたんだな。これなら、1本くらいいけるな」
武藤は
「これが無いとねー」
青空のキャンパスにドーナツ雲を描く武藤。
彼にとってそれは、とても甘く優しい香り。
しかし、甘木にとっては違った。
「武藤さん。仕事中って言ってるでしょ。さすがに業務中に煙草はアウトですよ」
「なんで、もう戻って来たんだよ!」
「ホースを繋ぎ直してたら、その匂いがしたからですよ」
と、武藤の口元を指差す。
「へいへい。優等生さんには敵いません」
武藤はふてくさりながら、煙草を道路に押しつける。
「大体、トゥルトピアの職員がスマイリーを使わず、煙草を吸ってストレス発散する事自体がナンセンスですよ」
「うるせーな。俺は別にスマイリーなんか使わなくても、1本の煙草とちょっとの酒があれば、十分なんだよ。スマイリーの世話には絶対ならねーよ」
2人が平行線を辿ってる中、
「終わったみたいですね」
「よっしゃ、じゃあホースの回収よろしく」
「あ、武藤さんは戻るんですか?」
最先端技術で作られたNEGA
それは、ホース回収が手動である事。
長年、収集スタッフからは自動回収装置設置の声が挙がっていたが、新事業開始の為、予算が回ってこないのが実情。
その為、今もなお手間のかかる手作業なのである。
しかし、甘木は武藤に対しても、手作業に対しても嫌な気1つもせずに、淡々とトゥルトピアが自分に与えてくれた役割を熟すのであった。
「おやおや、もしかしてトゥルトピアの人ですか?」
甘木は、手を止め、年季の入った声がする方を振り向く。
「あ、大家さんじゃないですか! 今日もお元気そうですね」
「あんたら所のスマイリーのおかげで、いつも苦なく過ごせてるよ。いつもありがとう」
「別に良いんですよ。大家さん達が元気なら。それだけで僕も幸せです」
「これ、少ないけど休憩時間に食べて下さい」
大家の気遣いに意気揚々と紙袋の中を確認すると見てるだけで口の中が酸っぱくなりそうな大量のレモンが入っていた。
「あ、ありがとうございます」
「おい、モタモタするな! 次の現場に行くぞ!」
「すみません。すぐ行きます!」
甘木はホースを急いでまとめ、
「お仕事頑張ってくださいね」
手を振る大家に甘木は、頭を下げ運転席に乗り込む。
「気持ちわりーな。何で1人で笑ってんだよ」
「何でもないですよ。それよりレモン食べます?」
「いいねー! 大好物だぜ!」
紙袋いっぱいに入ったレモンを見つけ、躊躇なくかぶり付く武藤に甘木は目を点にする。
「好きなら良かったです」
「ところで、今日はあと何軒残ってんだよ?」
「ざっと50件です」
「マジかよ。とんだブラック企業だな」
「なんて事を言うんですか。トゥルトピアこそ人類を楽園へ誘う最高の会社ですよ。見て下さいこの幸せ満開の世界を」
赤信号前で停車する収集車。
武藤は不機嫌そうにレモンをかじり続ける。
「ほら、公園にいるみんな、朝から元気で羨ましいですね」
「よく、朝からあんなに走れるな。理解に苦しむぜ」
「とにかく、トゥルトピアがあるから、ストレスが無くなって、犯罪率や自殺率も減り、みんな幸せなんですよ」
「俺には1本のタバコと少しの酒があれば十分だけどな」
「そんな事ばかりしてると、身体壊しますよ」
「うるせー。俺の勝手だろ。おい、信号変わったぞ」
「あ、すみません。すぐ出します」
甘木は慌てて、パーキングからドライブへ変更しアクセルを踏む。
「バカ! サイドブレーキ忘れてんぞ」
「あ、そうでした。すみません」
と、甘木がサイドブレーキを下ろし、アクセルに足をかけようとした瞬間、右側から「ドンッ」と強い衝撃が車体を襲ってきた。
一瞬の出来事に硬直する2人。
何秒か経過してから武藤から口を開く。
「な、何だ? どうした?」
「僕にも分かりません」
甘木は恐る恐る、サイドミラーで車体の後方を確認するが何も見当たらない。
「な、何もないみたいですけど…」
「そんな馬鹿な。今、確かに揺れたよな」
「ちょっと降りてみます」
と、甘木がドアに手をかけた時、窓下に何かの気配を感じた。
甘木は、開けようとした手を止め、ゆっくりと下を覗いたその時、全身血塗れのスーツ姿の男が突然飛び出してきた。
「た、助けてくれー!」
「ち、血、血塗れの男が…」
「おい、助けを求めてるぞ。早く開けろ!」
「血、血が…」
突然、目の前に現れた血塗れの男に動揺し、甘木は指1本も動かせないまま気絶した。
「何やってんだよ! バカ!」
武藤はすぐにドアを開け、運転席側へ走り、男の元へ駆け寄った。
「大丈夫か? しっかりしろ!」
「アイツが来る。助けてくれ」
「アイツって誰だ?」
血塗れの男は、震える赤い指で遠くを指す。
武藤がゆっくりと、その方向へ目を向けると包丁を持った血塗れの女がジッと、こちらを睨みつけ立っていた。
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