治癒魔術師はへっぽこなのでしょうか? いえ、最強です。

揚羽常時

誰にも優しく愛に生きる人

第1話 プロローグ(前)


『王立国民学院』


 その高等部に進学した新入生たちには、一つの試練が課される。


 彼らは『覚醒の儀』と呼ばれる儀式を執り行っていた。


 儀式の日は晴れ。蒼穹澄み渡り、風の涼やかな季節。


 訓練場と呼ばれるスペースの広く……けれど草も生えていない、のっぺらぼうな場所にて、地面が削られており、その溝に水銀が流し込まれていた。

 その水銀の路は、全体像としては……正確な円の中に、幾何学的な図形や、神話の言語が、びっしりと描かれている。


 ――率直に、不可思議な模様だ。


 特に目立つのは、外縁の円と、その円に、それぞれの頂点を接させている、大きな八芒星の模様であった。

 合理性もあったものではなく、宇宙人でも呼ぶのか、ドルイドの儀式か、不安になる神性を湛えている。


 ――魔術陣。


 そう呼ばれる、一種の魔術概念である。




 ――少しだけ話を逸らそう。




 世界は、精密かつ統制のとれた森羅万象によって、運営されている。


「世界は神が造った」


 とも言われている。これほど精密な世界を造れるのなら、その意識体を『神』と呼ぶのも……なるほど当然だった。

 然れど、ここで神様は、一種の悪戯をした。


 世界に生きる人間が、盤上の駒……つまり参加者なら、『神』は世界の構築者にして運営者と表現できるだろう。

 事実『世界運営委員ワールドマスター』なんて二つ名まで、持ち合わせる始末だ。


 その神様……世界運営委員ワールドマスターは、一見、何の変哲もない森羅万象の法則の中に、裏技を仕込んでいたのだ。

 世界運営委員ワールドマスターが意図して創り、それに気付いた一部の参加者――つまり人間――だけが楽しむことの出来る裏技。人間は、そんな世界の裏技を『魔術』と呼んだ。




 ――閑話休題。




 そして魔術陣とは、エネルギーとしての魔力を、人の脳の代わりに、均一かつ平均的に運営する、魔術の世界における触媒(に近いモノ)のことだ。


 人の脳は、様々な原因によって、人それぞれの出力を、相応に吐き出す。

 何も、魔術に限った話でもない。

 対して魔術陣は、融通こそきかないものの、機械的に出力を吐き出す。言ってしまえば『神話の詩ワールドソング』を、図形化した代物。これも、世界の裏技の一つだ。


 もっとも魔術陣は、あくまで触媒に限りなく等しいものであって、それ自体に力があるわけではなく、最終的には、必要量の魔力に結果は委ねられるのだが……。



 ともあれ、そんな魔術陣の中央に、一人の女の子が立っていた。


 ブラックウォッチのジャケットに、灰色のスカート。王立国民学院高等部の制服だ。ネクタイの色は、一年生を示す赤。

 髪と瞳は、深い緑色。その瞳には、矜持が宿っている。美しいと呼ぶには、やや研磨された印象を持つ美少女だ。


 少女の名は、サラダ=シルバーマン。


 苗字があるのだから、王侯貴族の出である。


 海の国の大貴族シルバーマンの血統であり……なおかつ魔術の才は『麒麟』とさえ呼ばれる神童だった。

 此の者ほど、覚醒の儀にて、期待されている一年生は存在しえなかった。


 元より、ワンオフ魔術は、替えの効かない固有のモノ。

 精度や威力は、ゼネラライズ魔術を遥かに上回るため、魔術師においては『切り札』とさえ称される。


 天賦の才が持つ者が、ワンオフ魔術を『覚醒』させれば、どれほどのモノになるか?


 自然と、訓練場で待機している教師や生徒は、手に汗握る。

 そんな緊張感の中で、深緑の少女……サラダは心を引き締め、しかし緊張をおくびにも出さず、体力(生命力とも言う)を練り上げ、魔力へと変換する。


 その魔力は、肉体のくびきから解き放たれ、魔術陣を形成している水銀に注がれる。

 次の瞬間には、水銀が尊く光り、合わせるように力の渦が、彼女を取り巻いた。


 一秒。

 二秒。

 三秒。


 そして魔力が消費され、儀式が終わる。

 監督役の教師が、口を開いた。


「生徒サラダ。覚えたワンオフ魔術はお披露目できますか?」


 覚醒の儀は、ワンオフ魔術を覚えるためのモノ。

 そして、その魔術は、国家の貴重な戦力となる。

 故に各国は、優秀な魔術師を求める。


 ――どんなワンオフ魔術を覚えたのか?


 確認を取るのは必然だ。

 彼女は、臆すことなく頷く。


「了解しましたわ教師レイヤー。では空に目掛けて撃ちましょう」


 訓練場に屋根は無い。

 はるか天の蒼穹を見据え、彼女は上空へと、右手を高く向けた。

 そして魔術にとって重要である『呪文』を唱える。

 無論、魔力を練りながら。


「――炎竜吐息ドラゴンブレス――」


 次の瞬間、天空へと向けられた右腕から、炎が渦巻き、ドラゴンの頭部を形作ると、その炎はアギトを開き、より一層の炎を天へと吐いた。


 炎竜吐息ドラゴンブレス……炎の竜の吐く息。


 まさに神話級の存在である炎竜が、頭部のみとはいえ具現化し、吐き出したブレスは常軌を逸していた。

 圧倒的熱量が、超高熱のビームとなって、空を薙ぎ、雲を消失させうる。


 三重属性のゼネラライズ魔術を行使する天才魔術師……サラダの栄光にふさわしい、規格外の魔術と称しえるだろう。

 あまりといえばあまりの魔術に、賞賛と畏敬のどよめきが、教師も生徒も問わず広がる。


「では失礼」

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