第11話 鉄壁砦のひみちゅ02
「決闘はいつ行われるの?」
「二週間後だな」
「結構遠いね」
「サラダの魔術が見られる……一種パフォーマンスとしての意味合いもあるから、魔術に興味を持つ観客の手配もあるんだと」
茶を飲んで、肩をすくめる。
「ふぅん?」
涙目の痕を、ゴシゴシと袖でこすって、納得するセロリ。
「じゃあさ。それまでは何もないんだよね?」
「ま、特にはな」
「だったらバイトしない?」
「またティーチングアシスタントか?」
「違うよ」
フルフル。
首を横に振るセロリ。
「山賊退治」
「ああ」
なるほど、は口にしなかった。
それだけで十分かつ十全に察せられる。
この世界に蔓延る人類の文明は、産業革命を迎えていない。
必然、警察力の届かない所は、無法地帯と化す。
いわゆる山賊や野盗に出くわすのである。
鉄道でも配備されれば、商人は安全に商いを行なえれど、そうでない以上、馬車や徒歩によって輸出入をせねばならず……護衛として傭兵を雇うのは、必然と言えた。
さらに言えば、傭兵の質によって、護衛代は上下する。
傭兵ギルドや冒険者ギルドには、個々人各々によってランクがあり、ランクが高いほど護衛代もつりあがる。
――ではそれを払う商人は、どうやって護衛代を用意するのか?
決まっている。
運ぶ商品の値段が、つりあがるのだ。
壱――山賊が住み着くルートは、商人が避けて通り、そのルート上にある村や町が干上がる。
弐――仮に商人が来ても、護衛代を含んだ高価な代金を請求される。
参――商品の値段が高くなれば売れなくなる。
肆――必然、商人もそのルートを選ばなくなる。
巡り巡る負のスパイラル。
山賊によって、経済にダメージを受けるのである。
そのため治安維持は、国にとっての第一義とも言えた。
護衛の必要ないルートを商人が選ぶ以上、山賊の根絶は、政治的な問題だ。
もっとも……「潰しても潰しても現れる山賊に辟易している」のも、政治家の正直な感想と言えるのかもしれない。
閑話休題。
「つまり山賊退治に付き合えってわけか」
アイスティーを飲みながら、以上の状況を鋭敏に察知して、納得するミズキ。
「うん」
とセロリ。
「ズルいよね……」
自嘲する。
「お前って奴は……どこまで可愛い性格してるんだ……」
全く以て、と彼は言う。
「ごめん」
「そっちの意味じゃねーよ」
「ふえ?」
「言葉の通りに可愛いって言ってんだよ」
彼は茶を飲みながら。
「でもでも。自分が傷ついた時の保険って意味で、ミズキちゃんを見てるんだよ?」
「別に構わんだろ。事実だし」
飄々と。
「セロリはミズキちゃんを利用しようとしているんだよ?」
ミズキのワンオフ魔術……
それは怪我や病気や障害から回復させる魔術だ。
山賊退治という荒事に際して、
「最悪の状況を避ける」
その意味では、彼の魔術は、極端に有用だ。
彼自身は、全く気にしていない。
彼女が罪悪感を覚えることに、知識としての理解はあっても、感情としての認識はない。
「そんなに罪悪感を覚えることか?」
と思うし、だからこそ、
「セロリは可愛いな」
とも思うのだ。
「このアイスティー美味いな」
唐突に、彼は話題を変えた。
アイスティーを飲み干し、おかわりをねだる。
すぐさま用意される。
「うん。美味い」
「ありがと」
「そのお礼だとでも思えばいい」
「ふえ?」
「毎度毎度言っている気もするが……お前が俺を利用するように、俺もお前を利用している。何もアイスティーに限った話じゃない。養いに関してもお前に押し付けているし、色々と気苦労もかけている」
「でもそれはセロリが好きでやっていることで……」
だめぬずを~か~。
「感謝を蔑にされるのは、俺にとっても不愉快だぞ?」
「ごめんなさい」
セロリのこういうところが、ミズキには可愛いのだ。
「それに」
「それに?」
「唯一へっぽこの俺に構ってくれる味方がセロリだしな」
「皆気付いてないだけだよ……! 攻撃魔術の派手さにばかり目をやって……! 本当の価値を持つのはミズキちゃんの治癒魔術みたいに優しい魔術なんだって気付いてないだけ……! 気付けばきっとミズキちゃんは……!」
「はいストップ」
彼は制する。
「それはお前の主観であって俺の主観じゃない。まして王立国民学院の世論ですらない」
「だから……!」
「だから」
彼女の言葉を、塗りつぶす。
「俺にとって一人でも味方がいるってことに俺は救われてるんだ」
「ミズキちゃん……!」
彼は、クイ、と茶の注がれているグラスを傾ける。
「孤独と空腹は、人の精神を摩耗させる。そして俺の治癒魔術でも……孤独だけは治すことができない。だから……きっと……本当の治癒魔術っていうのは、俺を脚色なく見てくれる……お前の愛情を指すんだろう」
――気障ったらしいセリフだ。
と彼自身も思わないではない。
ただセロリの自責が解消されるなら、既述の如く、虚言を弄するのもいとわない。
もっとも此度の言葉については、しっかりと本音なのだ。
「ミズキちゃん……」
ポロリ。
サファイアの瞳から、真珠の涙がこぼれる。
「え、泣くの? ここで?」
狼狽える。
「だって……嬉しい……ミズキちゃんに認めてもらえて……すごく嬉しい……」
嬉し涙らしい。
「たとえ世界を敵にまわしても、セロリはミズキちゃんの味方だから」
「そこは世界の方に味方しとけよ」
ツッコむことを忘れない。
「ともあれお前が俺を必要だと思うなら俺にとっても嬉しいことだ。怪我はしないが一番だが、お前が怪我をされるのを遠い地で待ってるだけってのは……俺にとっても弊害だ」
「じゃあ」
「ああ」
茶を飲み、
「別に付き添うくらいはかまわんさ」
憂慮なくミズキは言った。
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