第6話 へっぽこ魔術師04


 ところで大陸――だけではないのだが――には、根拠の無い噂が、流布されている。


 即ち、


「優秀な魔術師の子どもは、優秀な魔術師になる」


 という迷信だ。


 まだ遺伝子という概念は、この世界には無い。

 が、仮にあったとしても、


「ソレに何の根拠がある?」


 問わざるを得ないだろう。


 とまれかくまれ、体力から魔力を練るのには、才能を必要とする。


 魔術とは、端的に表現するなら神様の設定した『世界の裏技』を使役する術なのである。


 誰も彼もが安易に使えるならば、裏技は裏技たりえない。


 その少人数に許された裏技であるために、魔術師とは原則的に、


『選ばれし者』


 であり、その子どもは、魔術の才能を受け継ぐと言われている。


 ミズキは、この迷信に対して懐疑的だ。

 なにせ自身の生まれが、特に論じるほどの血統ではないからだ。


 「結局、個々人の才能なのだろう」と思っているのだった。


 ともあれ迷信は文明が進まないと、その盲が開かれない。

 なので、


「魔術師の子は魔術師」


 この理屈は、暫定的に、事実として捉えられていた。

 であるからに、魔術師が子を成すことはどこの国であっても賞賛すべきことだった。


 それはミズキのいる海の国でも、例外ではない。


 さすがに初等部や中等部では不純交遊は禁則……どころか犯罪となっているが、高等部や研究部では、奨励されていることだった。


 重ね重ね、根拠は無い。


 そんなわけで、ミズキとセロリという異性同士が、同じ寮部屋にて暮らすことも、禁止されてはいなかった。


 麒麟児たるサラダ=シルバーマンほどの魔術師になると、特別待遇として個室を与えられる。


 それはセロリも同じだ。

 サラダほどではないにしても、彼女も十分、戦力の裏付けに該当する。


 セロリはミズキといたいがために、彼との相部屋を承知するのだった。


 そして家事は、セロリの領分である。

 彼女の愛妻的献身は、慕情によるところで、ミズキも重々認めはしている。


「便利だからまぁいいか」


 なんて人にあるまじき納得で、良心をねじ伏せていた。


 実際、構図としては相思相愛ではなく、セロリからの一方通行なのである。


 蒼髪蒼眼の美少女であるセロリに迫られれば、思春期男子なら誰でも靡きそうなものだ。


 ミズキは例外だった。


 それが幸福なことなのか不幸なことなのかは、当人たちにもわからない。


 とまれかくまれ、セロリは、献身的に食事を用意する。

 今日の夕食はペペロンチーノ。

 オーソドックスであるがために、作り手の技量が読まれるメニューだ。


 セロリのソレは絶品だった。

 ミズキは拍手喝采。

 ペロリと食べ尽くす。


 それから、セロリが彼女自身とミズキの分のお茶を淹れて、食後のティータイムとしゃれ込む。


 口を開いたのは彼女。


「サラダさんのこと……何とかしなきゃいけないね……」


 サラダ=シルバーマン。

 何かとミズキに絡んで、


「へっぽこですわね」


 と罵倒してくる生徒。


 サラダが優秀なのは大前提。


 おそらく高等部では、トップレベルの魔術師である。

 当人も、それを自覚しているし自負している。


 であるため「へっぽこ」にして「劣等生」のミズキが、苛立たしかったり否定したりを、せざるをえないのだろう。


「気にしてもしょうがない」


 彼は言う。

 それは二人……セロリとサラダの両人に対しての言葉だ。


 少なくとも、


「ミズキとサラダの関係に、セロリが口を挟めるわけもなく……サラダは、ミズキに絡むくらいなら、魔術の研鑽に時間を割いた方が良い……」


 というわけだった。


「悔しくないの?」


 何度も質問する。


「別に……ねぇ?」


 何度も応答する。


 こと、この話題に関する限り、二人は平行線だ。


 セロリは納得いかず、ミズキは重々承知で、それぞれこの話題を持ち上げ、切り崩す。


「そもそも自身の魔術が、純軍事的に強い……って事が自慢のタネになると思ってることが度し難いよ」

「平和主義者にしてみれば、そうだろうな」


 彼は茶を飲んで、


「ほ」


 吐息をつく。


「何千という人間の命を奪う魔術を誇らしげに掲げる一方で、人を癒す優しい魔術がへっぽこ扱いなんて許せない!」

「世の中には需要と供給があるからな」


 やはり冷静にミズキ。

 茶を飲む。


「麦の国がもう少し大人しくしてくれれば言う事はないんだが……」


 王立国民学院の生徒は、おしなべて軍属である。

 で、ある以上、麦の国の軍事力に対して、一定の抑止力としての……軍事的魔術師の育成をするのも、必然だ。


 そんなことは、ミズキどころかセロリにもわかっている。

 だがそれでも尚、


「ミズキちゃんの魔術は、優しい魔術だよ」


 彼女は、そう言わざるを得ないのだった。


「光栄だな」


 くつくつ。

 ミズキは笑う。


 嫌味は無かった。

 それは彼女とて承知している。


 だがそれでも納得との交換をえないのだ。


「いつかミズキちゃんの魔術が、尊いと思える時代が来たらいいね」


 人間の営みの中で、戦争が絶えたことは、一度も無い。


 それでも……だからこそ……ミズキの魔術は「平和の象徴たりえる」とセロリは確信する。


「きっと何時かは」


 そんな思いを胸に秘める。

 そしてそれは不足なく彼に伝わっているのだった。


「なんか白けちゃったね。ごめん」


 茶を飲みながら、彼女の謝罪。


「気にすんな。俺は気にしてない」


 本音だった。

 強がりではない。

 どころか、


「これほど残酷な魔術が他にあろうか」


 と言いたいくらいだ。


 波風を立てるのは嫌いであるため、口に出したりはしない。


「ミズキちゃんはさ……」

「何だ?」


 茶を飲む。


「セロリの魔術をどう思う?」

「興味ねぇな」


 これをしらふで言うのである。


「やっぱり軽蔑とか……」

「しねぇよ。んな面倒くさいこと」


「本当?」

「嘘でもいいがな」


 茶を飲みながら平然と。


 とかく……励ますという事に、彼は縁が無い。

 慰めるくらいはするものの。


「面倒があれば切り捨てる」

「極力波風はたてない」


 そんな心情である。

 かといって無情というわけではない。


 ミズキにだって、大切なモノや誇りに思っているモノもあって、そのためならば手段を問わない性質を持っている。


 仮にセロリが怪我をしたら治すだろうし、さらわれたなら取り返しに行くだろう。


 面倒を嫌うミズキであるから、


「実はセロリを大切に思っている」


 なんて心中を暴露したりもしないだけで。


 代わりに、寮部屋のテーブルを挟んで、反対側の彼女の隣に座り直し、


「よしよし」


 頭を撫でるのだった。


「あう……」


 言葉を失い、セロリは赤面して俯く。


 蒼い髪に、朱い顔。




 ――なんだかとても可愛らしいな。




 ミズキの率直な感想。口に出しては、


「軽蔑されるべきは俺だろう?」


 軽い自虐を口にする。


「そんなことない……!」


 ハッとなって反論するセロリ。


 そのための自虐だ。


 悪い自己嫌悪は、何物も生まない。


 そこから彼女の意識を逸らさせるためなら、自虐の一つや二つ程度なら軽いモノだった。


 案の定、自身への軽蔑など忘れたかのように、セロリはミズキをフォローする。


「ミズキちゃんの魔術はとても……とっても優しい。少なくとも、治癒魔術の真価を、セロリだけは知ってるんだよ?」

「真価……ねぇ?」


 ミズキは、苦笑した。




 ――――何もわかっちゃいないな。




 などとは思っていても言わないくせ、苦笑いくらいはやってしまう。

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