第5話 へっぽこ魔術師03


「ミズキちゃんの魔術は、とっても優しい魔術だよ」

「で、あるからにして無用なんだがな」


「だから一緒に考えようよ」

「何を?」


「ミズキちゃんの魔術を有効活用する方法を」

「あー……」


 彼女の好意こそ、ありがたいとしても、


「無理だろ」


 偽らざるミズキの本音だ。


 彼の白い瞳が、セロリを捉える。

 彼女の蒼い瞳に、ミズキが映る。


「……っ!」


 セロリは紅潮した。

 生娘のように。


 そしてミズキは、その意味を過不足無く理解していた。


 つまり――――セロリはミズキに惚れている。


 彼は、気にしていない。


 恋心は移ろうものだ。

 その内……それこそ「患った風邪が治る程度の時間」で、目が覚めるだろう……そう信じて疑っていなかった。


 セロリは、魔術についても勉学についても優等生だ。


「その内、相応の相手を見繕うだろう」


 彼自身、楽観視している節もある。


 が、彼は楽観過ぎた。


 彼女に打たれた「ミズキ」という名の楔は、その心の深くまで刺さっている――との事実を理解していなかった。


 だから、


「同情なんていらないぞ」


 などと、見当違いの進言が出るのだった。


「そんなんじゃない!」


 彼女は絶叫する。


「気づいて!」


 と。


「セロリは味方だから!」


 と。


 尤も、それをマルッと信じ込めるほどの人生を、ミズキ自身は歩んでいない。


 どうしたって他者に「劣等生」と扱われた方が納得もいくし、安心もできるタチだった。


 それは業とも呼べるかもしれない…………彼の心に根差した心象だ。


 彼がセロリの慕情を楽観視している様に、彼女もミズキの自虐を悲観視しすぎている。


 王立国民学院の象徴であるビッグベンの鐘の音が鳴る。

 どうやら講義が終わったらしい。

 見れば、日が傾いていた。


 朱くなる直前の青空。

 天に急かされたか。

 月が出ていた。


 別段珍しいことではない。


 されどミズキは、星が好きだった。

 この地のしがらみ無き、天空の光たちに、想いを馳せていた。


 まだこの世界に『地動説』という言葉は無い。


 尤も、相対性理論で言えば、天動説と地動説に、差異は無いのである。


 冷静に考察するなら、地球が宇宙の隅で自転公転していると考えたくもなる。


 しかしアインシュタインに言わせるのなら、地球は全く動かず、逆に宇宙が地球を中心に動いていても、同じ結果が得られるのだった。


 とはいえミズキやセロリが、そのことを知りようもないが。




 閑話休題。


「じゃあ帰るか」


 ミズキは、教科書をわきに抱えて、立ち上がると、原っぱの草を制服から払い落とす。


「うん。夕食何がいい?」

「お前が作るモノなら何でも」


 これもいつものやりとりだ。


 と、


「おーっほっほ!」


 高飛車な笑いが聞こえてきた。

 しかし、無視。


「そういえばこの前のシチューが美味かったな……」

「そう? えへへ……」


 完全に二人だけの世界を創るミズキとセロリだったが、


「無礼な!」


 カッとなった高飛車笑いの生徒が、文句を飛ばした。


「はぁ……」


 溜息。


 うんざりとしてしまうのは、しょうがないことであった。

 誰にも苦手なものはある。

 彼にとって、この高飛車な声こそ、ソレに当たる。


「何だかな」


 と思いつつ、状況を十二分に理解しながら、声のした方へ視線を遡る。


 複数の人間がいた。

 その中でも、輝かしい深緑の髪が、一際目立っていた。


 研ぎ澄まされた刃物のような視線。

 人を威圧しかねない、研磨されたオーラ。

 何より……鼻筋通った美少女。


 ブラックウォッチのジャケットに、灰色のスカート……それは王立国民学院の高等部に所属している証。


 なおかつ蒼色のネクタイは、ミズキとセロリと同じ、二年生のソレである。


 深緑の髪と瞳を持つ美少女が、彼を見て嘲笑っていた。

 それに合わせて、少女の取り巻きの生徒たちも、嘲笑失笑する。


 深緑の少女の名は、サラダ=シルバーマン。


 苗字を持つ必然……貴族である。


 特に魔術に関しては『麒麟』とも称される天才で、ゼネラライズ魔術は、火と水と土の三属性を会得し、ワンオフ魔術はドラゴンブレスの再現……とされる規格外の魔術師である。


「将来、海の国に安泰をもたらす軍事力へ成長する」


 と見込まれている優等生の中の優等生。


「この学院は国民の血税で成り立っていますのよ? へっぽこが血税で生きていることに恥を感じないなんてありえませんわ。わたくしなら即座に割腹するところですわね。あなたようなへっぽこが、安穏と暮らしたいだけなら田舎に帰りなさいな。自身のへっぽこさ加減を土産話にすれば、頭の悪い平民にとっても、酒の肴くらいにはなるでしょうね」


 初手から相手を見下す、貴族らしい言い草だった。

 侮辱とも。


「っ!」


 さすがに聞いてられなかったセロリが、呪詛の言葉を吐き出そうとする一瞬前に、


「落ち着け」


 ボソリ。


 ミズキはセロリの足を、踵で強力に踏みつけた。


「~~~っ!」


 踏み抜かれた痛みに、足を抑えてうずくまる彼女。

 そっちには関知せず、彼は嫌味にならない程度に、爽やかに笑って見せた。


「忠告はありがたく思います。畢竟、俺はへっぽこですので、あまり構っていても時間を無為徒労にしてしまうでしょう。サラダ様においては、無視なさるのが懸命かと」


 謙遜には、あまりに自嘲的。

 だが、これが彼の処世術であった。


「とにかく波風をたてない」


 無論、面倒くさいからだ。


 表面上だけ、ニコニコ笑い、


「気にしてない」


 と悟らせる彼に、


「ふん!」


 納得いかな気に、サラダが鼻を鳴らす。

 そしてお供を引き連れて、歩み去っていった。


 柳に釘。

 のれんに風。

 糠に腕押し。


 全く懲りない彼の態度に、不快感を催していた。

 その根にある感情を自覚しないまま。


 最後に、


「だからあなたはへっぽこなのですわ」


 と負け惜しみじみた追言を放って、学生寮へと足を向けるサラダおよび取り巻き。


「それでは~」


 サラダに聞こえないように述べて、手を振る。


 ヒラヒラ。


 振り返らなかった彼女には、通じていなかった。


 そして、問題が一つ残った。


「何するんですか!」


 足の痛みの引いたセロリが、蒼い眼に怒りを封じて、ミズキを睨み付けた。


「余計なことを言おうとするからだ」


 飄々と彼。


 白い瞳からは、罪の意識なぞ欠片も感じとれはしなかった。


「見下されて悔しくないの!」

「まったく」


「セロリは悔しいよ!」

「さいですか」


 ――だからどうした?


 そんなミズキの言。


「それより腹減った。飯作ってくれ」

「うう……」


 悔しげに唇を噛むセロリ。


 ヒュルリと風が舞う。

 残暑が消えかかった秋の温度だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る