第4話 へっぽこ魔術師02


 ――優等生のセロリ。


 ――劣等生のミズキ。




 対照的な二人だ。

 けれど交流があった。




 一年前。


 まだ……ミズキもセロリも、高等部一年生だった時のことだ。


 木に登って降りられなくなった子猫を助けようと、セロリが同じ木を登った。


 猫を安全に保護できて「さぁ降りよう」となった時に、彼女自身の体重で、枝が折れた。


 落下。

 彼女は高所から落ちて、脚の骨を折る。


 子猫が無傷だったのが、不幸中の幸いだった。

 子猫は、彼女にお礼を云うこともなく逃げ去った。


 そして、彼女が、一人だけで脚の痛みに耐えていたところに、偶然……ミズキが通りかかった。


 その時のセロリの言葉は、痛快だった。


「へっぽこ……」


 既にへっぽこ魔術師の噂に、耳を汚されていたらしい。

 彼は、苦笑した。

 それから文句をつけるでも不機嫌になるでもなく、ただ平然と、彼女の傷ついた脚に触れると、


「――治癒リザレクション――」


 耳汚しのワンオフ魔術を、駆動させる。


 すると、あら不思議。


 一瞬で……それこそ最小単位時間で、彼女の骨は元通りになった。

 実は潜在的な虫歯も同時に治ったりして。


 それは当人じゃないミズキにはわからないことであるし、当人であるセロリにも感知できないことだった。


 二人が仲良くなった…………むしろセロリが、ミズキに懐くようになったのは、それからのことだ。


「恩義を感じる必要は無い」


 彼は、常々言っていた。


「恩義じゃないよ」


 彼女も、延々言っていた。


 ミズキにはわからないことだった。


 ――セロリは悔いていたのだ。


 彼女のワンオフ魔術は、至極当然、攻性のモノで、正面から当たるなら兵士一個中隊すら退けるだろう。


 そのことが彼女には自慢だったし、増長したこともある。


 ただ人を傷つけることの本当の意味を、彼女は脚を骨折した時……正確には、彼の治癒魔術によって、骨折を治してもらった時に把握した。


 骨折しただけで脂汗が出て、苦痛が苛み、涙が溢れ、カルテジアン劇場のホムンクルスが絶叫をあげる。


「傷つくとはこういう事か」


 骨の髄まで思い知った。


 そして自身の魔術が、それ以上の苦痛を与えるものだと知った時、恥を覚え……対照的にへっぽこの治癒魔術を、「優しい魔術だ」と嘆じた。


「盲が開いた」


 とも評せる。


 そして治癒魔術を尊く思い、彼に憧れた。


 魔術との親和性ゆえに、水属性のゼネラライズ魔術たる「治癒強化」は覚えられなかったが、「それでも」というより「だからこそ」一層ミズキに憧れるのだった。


 純軍事的戦力として「どちらが有用か?」――と提起すれば、間違いなく、セロリに軍配が上がるだろう。


 だからこその優等生。


 ただ、苦痛から人を救うミズキの治癒魔術こそ、きっと魔術を人のために役立てる……『本当の力』だと思ったのだ。


 だから憤った。

 彼を囲む環境に。


 第三者と通りすがる度に、「へっぽこ(笑)」と呼ばれ続ける、彼の現状に。


 しかし当の彼が、全く気にしていないどころか、波風をたてることを嫌ったため、文句を言うことも出来ない。


 彼女は毎度の様に言っているし、先にも言ったのだ。


「見返してやらなくていいの?」


 と。


 対してミズキも毎度毎度、


「ちっとも」


 飄々答える。


「生徒ミズキは、へっぽこだ」ということに彼自身、異論は持っておらず、平然と受け止めている節があった。


「ミズキちゃんの魔術はすごいんだよ!」


 セロリは、世界中の人に熱弁してやりたかった。


 想われている当人は、


「好きにさせときゃいいのさ」


 とりわけ強がるわけでもなく、自然体で言ってのけている。




「くあ……」


 欠伸を一つ。


「うーん……」


 背伸びを一つ。


 それから、


「今は講義の時間だろ? サボっていいのか?」


 ミズキは、自身のことを棚に上げて、セロリに忠告する。


「駄目だけど、ミズキちゃんには言われたくないよ」

「然りだぁな」


 うんうん。納得する。


「だいたいミズキちゃんは駄目だよ……」

「何がだ?」


「魔術を使わないんだもん」

「あー……」


 言葉を濁す。


「セロリの言いたいこと……わかるよね?」

「ま、な」


 魔術の世界では常識だ。


『魔力キャパシティは魔力の消費と回復によって増え続ける』


 そんな常識。


 魔術師は、体力を用いて、魔力を練る。


 生命エネルギーを、魔術エネルギーに、変換させるのだ。


 体力および、それから成る筋力は、消耗すればするほどに回復した時に、より優れた機能へと昇華される。


 あるいは、折れた骨がくっつくと、以前より強くなると言う。


 いわゆる一つの『超回復』と呼ばれる現象だ。


 魔力キャパにも、同じことが言える。


 魔力を練って、魔力キャパに保存するのにも、上限がある。

 そして魔力キャパは、魔力を消費すればするほど魔力の回復時に、より優れた機能へと昇華される。



 ――結論。


 魔力は、使えば使うほど、練度が高くなっていくのである。


 魔術師は、魔術によって魔力を消費することで、更に一段階上の魔力を手に入れる。


 故に魔術師は、常に魔術を使う。


 魔力を消費し、新たに魔力キャパを回復させたときに、魔力の練度が上がるからだ。


 海の国で流行っているテーブルゲームで例えるならば、レベルとパワーに変換できるだろうか。

 パワーを消費すればするほど、レベルが上がり、パワーの上限が増える。


 魔術についてなら、より高位の魔術行使を可能とする。


 誰しも最初はレベル1だ。


 されど魔術を使い、魔力を消費することで、魔力の練度は上がっていき、使える魔術が増える。

 あるいは、より高いレベルの魔術を覚えられる。


 誰しもが、そのために魔力を消費し、回復時に魔力の練度を上げていく。


 しかし、


「興味ねぇな」


 ミズキは、あっさり述べた。


 魔力を消費すればするほど、より深い魔力を持ちえる。


 そんな現実に対して、彼は何らの価値も見出してはいなかった。

 それは、まったくもってしょうがなくはあるものの。


「別に大魔術師を目指しているわけでもないしな。俺は俺でなんとかやるさ」


 欠伸混じりな、彼の意見。

 そして付け加える。


「へっぽこの俺と仲良くしたって良い事なんかないぞ?」


「ミズキ!」

「何でせう?」

「自分で自分を、へっぽこなんて言わないで!」


 それはセロリには、容認しがたいことだった。


 自嘲を何より嫌う彼女だ。

 そんな彼女にとって、彼の自虐思考は理解しかねる……むしろ許されざるものであったのだ。

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