第3話 へっぽこ魔術師01
時は流れ、ミズキは高等部の二年生に進級していた。それは例外を除いて、全ての一年生がそうではある。前期が終わり、長期休暇を挟んで後期。
「…………」
彼は、王立国民学院の原っぱの上で、居眠りをしていた。
王立国民学院については、幾つかの説明がいる。
元より、海の国の北側に建設された魔術研究機関を指す。
海の国は大陸最南端の半島国家であり、北に強国である麦の国と接する。
麦の国は穀物の流通を支配しており、そに増長してか、東西南北に戦争を仕掛ける迷惑極まりない国家である。
麦の国の南にある半島……海の国にも侵略をしており、国境の線引きを軍事力によって決めているところがあった。
海の国のマリン王は野心とは無縁であるため、今のところ専守防衛に努めているが、それもこれも本格的な戦争を引き起こさないための処置でしかない。
が、現場はそうもいかず。
海の国の最北端に位置するグラス砦と、麦の国の最南端に位置するミラー砦が、国境を争って小競り合いをしている……というのがご近所さんたちによる四方山話に上がるほど。
麦の国のミラー砦には、強力な魔術師が存在し、その防衛力の高さから海の国と麦の国の両者に『鉄壁砦』と畏敬されている。
一度マリン王の命を破り、将軍が軍隊を引き連れミラー砦に進軍したが、ミラー砦の魔術師の一撃で兵力の過半数を失い敗走した経緯を持つ。
ちなみに軍隊は、二割の損失を出せば致命的と言われる。
その倍以上の損耗を、ただ一度の魔術で課されたのだ。
これがどれだけのことなのか……海の国の民は戦慄せざるをえなかった。
海の国にとってありがたいことに、この強力な謎の魔術師は砦の防衛以上の軍事行動を起こさないため国境の小競り合いは未だ互角を演じている。
専守防衛主義のマリン王にしてみれば、被害が少なく国境を守れるため現状維持を望んでいる。
提起するとして、ミラー砦の強力な魔術師が何時国境を犯し侵攻してくるのかわからない……というのが現場の本音である。
「魔術には魔術で対抗するしかない」
それが、この世界の原則である。
少なくとも剣や槍では話にならない。
しかし
魔術の世界は、徹底的な才能の世界である。
体力を魔力に変換する才能と、世界の裏技を見抜く観測野が求められる。
かといって国境の防衛に、剣士や槍兵だけでは万が一……ということがある。
――ここで王立国民学院に繋がるのだ。
王立国民学院は海の国の戦力としての魔術師を育成する教育機関である。
それもこれも東西南北に喧嘩を売っている、はた迷惑な強国……麦の国に対する「防衛」および「侵略」を可ならしめんとするための苦肉の策である。
「強力な魔術には、強力な魔術を以て」
それが王立国民学院の不文律。
端的に述べて、『以夷制夷』。
だからこそ戦力としての魔術師を育て、魔術を研究し、麦の国の魔術師に対抗する。
そのための王立国民学院であるのだった。
所属する生徒は、初等部から始まり、中等部、高等部、研究部まで、分け隔てなく軍属となり、軍の走狗となり、戦力として数えられる。
まして海の国の国境を守るグラス砦すぐ南に建設されたことが、軍の総意を表現している……と評せるだろう。
ともあれ、
「あー、こんなところにいた!」
そんな王立国民学院の一角である原っぱに、可愛らしい声が響いた。
少女の声だ。
ちなみに声に対して、さっきから原っぱで寝ていた白髪白眼の少年……ミズキは反応しなかった。
むしろ起きなかった。
顔に「ゼネラライズ魔術教本2」と題された教科書を開いて被せ、日光を視界から遮って、そよ風心地よく居眠りを続ける。
「もうっ!」
少女は、軽く憤慨。
蒼い少女だった。
蒼い髪に蒼い瞳。
白いリボンで、短い髪の片側を結んでいる。
顔立ち整っている美少女ではある。
雰囲気としては、とっつきやすい子犬のような印象を受ける。
服装が、ブラックウォッチのジャケットに、灰色のスカートであることから、王立国民学院高等部の生徒であることは明らかだ。
そして蒼いネクタイを締めていることから、ミズキと同じ二年生であることが見て取れる。
「ミズキちゃん! 起きて! 講義サボってどうするの!」
まっこと正論だが、
「……………………」
彼は、すこやかに眠り続けた。
このままでは埒が明かない。
少女は口を彼の耳元に持っていくと、
「起きろーっ!」
大声を上げた。
「むに……」
彼は、パチパチ、と瞬きした後、顔に被せていた教科書を取り払う。
ともあれ起きたらしい。
白い瞳孔で、少女を見る。
「セロリか」
――セロリ。
蒼髪蒼眼の美少女の名前だ。
蒼い美少女……セロリは怒ったように言う。
「もう! 講義サボってどうするの!」
「どうするもこうするも……」
彼はアルビノである自身の白い髪を弄りながら言葉を探した。
が、見つからなかったらしい。
「もう一眠り……」
堕落の第一歩。
「させないよ!」
阻止された。
「んだよ? 昼寝くらいさせてくれ……」
「何で講義をサボるのよぅ」
「別に。意味ないし」
それはミズキの本音だった。
王立国民学院は単位制を採用しており、大概の文言講義における単位取得の八割は期末試験にて決まる。
そして勉学にて、彼は優秀な成績を収めていた。
教科書を読めば、あらかたの知識は身につく。
であれば講義に出なくとも期末試験は点数を取れるのだ。
むしろ、必死に講義に出て、教師の戯言をノートに取っている生徒に対して、
「良くやるよ」
とさえ思っている。
納得しないのは、セロリだ。
「そんなだからへっぽこって言われるんだよ?」
「実際へっぽこだしなぁ」
遡行すること一年半前。
ミズキは王立国民学院の中等部から高等部に進学して、『覚醒の儀』にて治癒のワンオフ魔術を覚えた…………
治癒……即ち「癒し」と「治し」……それがミズキの誰にも真似できないワンオフ魔術である。
しかし傷を癒すのは水属性のゼネラライズ魔術でも行える。
というより、いちいち怪我人に構っていられないのが戦争である。
「より強力な攻撃魔術を!」
それが魔術の世界に叫ばれる……スローガンなのだ。
攻撃は最大の防御。
圧倒的攻性魔術によって軍隊をねじ伏せる。
そんな戦術……あるいは戦略にまで及ぶ魔術が賞賛されるのだ。
その理解を下地に、先に述べたよう……治癒で一人一人の怪我を治してまわるミズキのワンオフ魔術なぞ、まさに「へっぽこ」と言っていいだろう。
「自分はへっぽこだ」
故に、そんな自嘲にミズキは異論が無かった。
実際に魔術による戦争においては、ミズキの治癒効率の数倍から数十倍の速度で負傷者が量産される。
いかに治癒魔術が無力であるか……その証明とも言えよう。
「自分で言ってたら世話ないよ」
彼女……セロリは、無気力な彼に、呆れと怒りを混ぜた表情を向ける。
「見返してやろう! なんて思わないの?」
彼女の発破に、
「ちっとも」
飄々と彼。
「うー……!」
彼女は、悔しそうだ。
「お前の問題じゃないだろ?」
少なくとも「へっぽこ」のミズキと違い、セロリは一先ず『優秀』に分類される魔術師である。
グラス砦に配置された時にも威力偵察で進行してきた麦の国の兵士を魔術で追い返したこともあるのだ。
その時の勲章は、ジャケットの胸ポケットに付けられている。
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