第2話 プロローグ(後)


「では失礼」


 慇懃に一礼して、彼女は魔術陣から立ち去り、見学の側に回る。


 しかし炎竜吐息ドラゴンブレスの威力に気圧された生徒たちは、彼女を賞賛し持ち上げる。


「シルバーマンの血統であるわたくしには当然のことですわ。あなた方もわたくしには劣るにしても研鑽を忘れないことね」


 これを、サラダは、素で言うのだ。

 シルバーマン家の矜持を持ち、初手から相手を見下す。


 けれども反発を覚える者は少数だ。

 それは、この世を見下すだけの力を、彼女が持っているからに相違ない。


「――憧れのサラダ様」


 畏敬に賞賛する生徒もいるほどである。


 絶対的カリスマ。

 圧倒的魔術。

 一身に期待を受けて、なおソレさえ凌駕する、才能の塊。


 それがサラダという少女に、他ならなかった。


「ええと、では次は……」


 覚醒の儀の監督役であるレイヤーが、名簿を確認する。


「生徒ミズキ……出なさい」


 言われてミズキ……少年は、


「うっす」


 答えて進み出る。


 白い少年だった。

 髪の色も、瞳の色も、肌の色も、白い。

 ブラックウォッチのジャケットと、灰色のトラウザースに、赤いネクタイ。


 アルビノではあるため、人目は引く。

 ただ、この場合は、マイナス要因にしかならない。

 悪目立ちともいう。


「生徒ミズキ。覚醒の儀を」

「へぇへ」


 言って頭を掻きながら、彼は、魔術陣の中央に立つ。

 そして魔力を練って、水銀に通す。

 水銀が、光った後に、色を取り戻すと、儀式が完了した証拠だ。


 ほぼ同時にアルビノの少年……ミズキは、『』を取り止めた。


「生徒ミズキ。ワンオフ魔術は覚えましたか?」

「はい」


 彼は、平然と嘘をついた。

 まったくの自然体で。


「お披露目できますか?」

「構いはしませんが」


 ガシガシ。頭を掻く。

 見せたくないのが、彼の本音だ。


 しかしそれは、逆らえる類のものではない。

 当人は、学院制服の懐から、刃物を取り出した。


「っ?」


 監督役の教師レイヤーが、眉をひそめる。

 何を意味するか、わからなかったのだろう。


 彼は気にせず、刃物を右手に持って、自身の左手を浅く傷つける。

 切り傷。


 そして、


「――治癒リザレクション――」


 呪文を呟いた。

 次の瞬間、彼の左手の切り傷が、修復された。


「…………」


 何も言えない教師レイヤーおよび衆人環視。


 ――何を言うべきか定まらない。


 そんな空気だった。

 そしてその空気を、サラダが切り裂いた。


「おーっほっほ! 治癒魔術が、あなたのワンオフ魔術と仰いますの? まるでへっぽこですわね!」


 それは、強者によって、弱者を見る態度だった。

 ワンオフ魔術は、ゼネラライズ魔術と違い、原則、一人につき一現象。


 まして、先のサラダの炎竜吐息ドラゴンブレスのように、一度に数千人もの戦力を駆逐するほどの威力を持つモノだ。


 そんな魔術師にとっての切り札であるワンオフ魔術が、よりにもよって治癒魔術。


 数千人の人間を屠れる攻性魔術に対して、治癒魔術は一人一人にしか適応できない。

 つまりアクションとリアクションとが、見事なまでに釣り合っていないのだ。


 サラダの失笑は、生徒全体に広がった。


「よりにもよってワンオフ魔術が治癒?」

「やだ……。ありえない……」

「劣等生の見本じゃないか」

「同情するわ~」

「へっぽこだね」


 ミズキは困ったように、頭をガシガシと掻く。

 見下されていることに対して、拒絶を覚えてはいないようだった。


 むしろ、


「仕方ないか」


 程度に思っている。

 既述の如く、治癒魔術は、何十何百何千の人間を傷つける攻性魔術と違って、個々人を対象とする魔術なのだ。


 そうである以上、戦場において、治癒できる人間は、負傷する人間の数に、釣り合わない。

 だから彼は、生徒たちの失笑を、当然として受け止めるのだった。


 教師は、ミズキを侮蔑する衆人環視を諌めていたが、まるで効果は無かった。


「ま、わかっていたがな」


 彼自身は、飄々としていた。


 そして『とある魔術にかかっている状況』をまた取り戻す。

 それはワンオフ魔術でありながら、彼が今まで付き合ってきた魔術でもある。


 つまるところ治癒のワンオフ魔術だ。

 知られたところで、一層の侮蔑を受けるだけだろうから、ミズキは弁解するほど、殊勝にはなれない。


 こうして白髪白眼の少年……ミズキのワンオフ魔術のお披露目は、盛大な爆死に終わり、ミズキの二つ名に「へっぽこ」、「劣等生」が加わったのだった。

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