第7話 へっぽこ魔術師05


「本当だよ! 人を癒す魔術! これ以上の優しさがどこにあるの!」

「万人がへっぽこと認めてるんだがなぁ……」


「だからセロリだけが納得する!」

「…………」


「主張する!」

「…………」


「断言する!」

「…………」


「ミズキちゃんは誇っていいって! ミズキちゃんは認めていいって!」

「ありがとよ」


 クシャッ。

 彼女の蒼い髪を撫でながら、彼は穏やかに笑った。


「なんで笑えるの……?」

「お前が味方であるからさ」


 本音だ。

 嘘偽りない。


「辛くないの……?」

「意識したことはないなぁ……」


 ほけっと。


 そもそもにして、


「お前はへっぽこだ」


 なんて論評は聞き飽きているので、そんな低俗な侮蔑に付き合うほど、彼は自分をお人好しとは思っていない。


「言わせておけばいいのさ」


 子どもに対する親のアドバイスのように、慈愛に満ちた苦笑で、彼は述べた。


「でも……でも……セロリは悔しい……」


 彼女のモノも、本音だろう。

 それくらいは彼にもわかる。


「ありがとな」


 セロリの頭部を掴んで自身の胸元へと持っていくミズキが、彼女の頭部を抱き包むような形だ。


「いいじゃないか」

「何が……?」


「へっぽこで」

「…………」


「そもそも何で万人に認められなきゃならないんだ?」

「だって嘲られて侮られて蔑まれてるんだよ?」


「でもお前はそうじゃないじゃないか」

「セロリだけの問題じゃあ……!」


「ある」


 断言するミズキに、


「っ」


 言葉を失うセロリ。


「俺は嬉しいんだよ。俺の味方が一人でもいてくれて」

「こんなセロリでもいいの?」

「いいさ」


「でもセロリは本質的に悪い子だよ?」

「そうなのか?」


 意外そうな顔をする。


 ――――もっとも、彼の腕の中に包まれている彼女に、その表情は上手く伝わらなかった。


「うん。だって……」


 彼女は告白する。


「セロリはミズキちゃんのことを保険みたいに思っているんだ」

「保険?」


 さすがにわからなかった。


「怪我してもミズキちゃんが治してくれる。ミズキちゃんと仲良くしてれば、病気も怪我も怖くない。そんな打算……」

「ああ、そゆこと」


 ――納得だ。


 ミズキは頷く。


「別にいいんじゃないか?」

「よくないよ」


「利用してるのはお互い様だ」

「?」


「この寮部屋の家事一切は、お前に任せてる。俺は良く言ってヒモだ。だがそれについて、俺は後ろめたい感情を一切持っていない。だからお前も、俺の魔術を当てにしていることを後ろめたく考える必要はない」

「…………」


「むしろ、たった一回骨折を治した程度で、ここまで懐いたお前を利用している俺こそ、悪逆非道だ。先にも言ったが気にしてないがな」

「ふふ」


 セロリは笑った。


 ――ああ、おかしい、と。


「ミズキちゃんは優しいね」

「お前が優しい程度にはな」


「今日は一緒にお風呂に入ろっか?」

「調子に乗るな」


 ペシッ。

 軽くチョップ。


「やっぱりダメ?」

「そういうのは……あ~……責任を取れるようになったらな」


「奨励されてるけど」

「俺が納得してねぇんだよ」


「セロリは魅力ない?」

「んなこたないが」


 どうしたものか。


 そんなミズキ。




 ――そういうのは好きな奴とやれ。




 先ほどミズキは、そう言おうとしたのだ。

 しかしセロリの『好きな奴』は、ミズキに相違ない。

 だから決定的な言葉が出る質問は、避けるべきだった。


「お前を都合のいい女にするつもりは、更々ないぞ」


 それが、ミズキの精一杯。


「ふふ」


 セロリが笑う。


「ミズキちゃんは魔術も意識も優しいね」

「過大評価だ」


「そうかな?」

「そうとも」


「だったらそういうことにしとく」


 セロリは、ミズキの腕の抱擁から脱した。

 彼女の表情は、さっぱりとしていて、晴れやかなものだ。


「セロリはミズキちゃんの傍にいてもいいの?」

「それはこっちのセリフだ」


「セロリは良いよ?」

「なら俺も良いさ」


「えへへ」

「くはは」


 笑いあうミズキとセロリだった。


 いつものことである。

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