第8話 へっぽこ魔術師06
「あ~、へっぽこだ~」
「ほんとだ。へっぽこだ」
「へっぽこ~」
「へっぽこへっぽこ」
教室は、和気あいあいとしていた。
子どもたち――ミズキやセロリも、高等部であるため少年少女ではある――つまり現在の教室にいる生徒たちは、輪をかけて幼かった。
王立国民学院は初等部……その教室である。
で、何故そんな場所にミズキがいるか? ――というとティーチングアシスタント……簡略化して、バイトのためだ。
魔術は、軍事力になるため、魔術師は戦場に送られる。
それは海の国でも同様で、研究部や高等部の生徒たちも、例外ではない。
そもそもにして、海の国の王立国民学院には、所属しただけで軍属となり、生徒は戦力として見られる。
実際、高等部以上になると、研修や実習などによって、海の国の最北端の国境を守るグラス砦に派遣され、麦の国の兵士とドンパチすることも少なくない。
話を戻して――そのため魔術師を育てる教員が、上手く確保できないのである。
戦争を止めれば、魔術師は単なる異端か、あるいは一種の研究者として捉えられ、平和ボケでき、教員も確保できるのだが、そうなると今度は、魔術という『戦力』を持て余す。
神様が世界に仕込んだ裏技……魔術は、攻撃的な性質を持っている。
『ソレ』だけではないとしても、『ソレ』が大半を占める。
その都合有りて、魔術は戦力として数えられるのが普遍的なのだ。
戦争の道具としてしか、あまり価値を持たず、戦争が無ければ、戦力が別方向を向くだけで、結局、騒乱しか起こさない。
とは申せども、ならば戦争を続ければ続けるほど…………魔術師はより消費物としての側面を持ってくる。
ある意味で、魔術および魔術師というのは、業の深い存在なのだ。
再び話を戻して――そのため、どこの国も、魔術を教える教員の確保に四苦八苦しており、海の国でも例外じゃない。
一応の様子、最低限の教員は、さすがに確保するものではある。
その補完として、高等部や研究部の生徒に、ティーチングアシスタントをさせることは珍しくないケースでもあった。
三度話を戻して――特に成績優秀な生徒が、ティーチングアシスタントをするのだが、スケジュールが合わなかったりすると、別の生徒がティーチングアシスタントに入ることも……そう希少な話でも無い。
そして此度の、ミズキのティーチングアシスタントは、セロリの代わりである。
セロリは美少女だ。深い蒼色の髪に、サファイアを想起させる瞳。
錬金術(火属性の魔術の一部をこう呼ぶ)にて造られたのではないか……と囁かれるほどの美貌。
これを以て、美少女に分類される。
である以上、わざわざティーチングアシスタントの代役にミズキを選ばなくとも、率先して代わってくれる生徒(主に男子)はいる。
されど彼女は、彼以外の人間に『借り』を作ることを避けている節があった。
そして受諾した彼の方もまた、それを言葉にはしなくとも重々承知しているため、快く引き受けるのである。
「やーい、へっぽこ~」
「へっぽこへっぽこ~」
で、現状の彼は、初等部の生徒にすら見下されながら、ティーチングアシスタントを務めていた。
ミズキは、穏やかに笑っていた。
とりわけ、腹に一物もった笑いではない。
対照的な、爽やかスマイルでもない。
あえて表現するのなら、感情の摩耗したソレだった。
彼のワンオフ魔術が「へっぽこだ」、「劣等生の証」と噂されているのは、初等部から研究部にかけて例外がない。
今更、初等部の生徒に馬鹿にされても、一向に構わない彼だった。
「はい授業に集中。しない生徒はお灸をすえますよ?」
教師が脅して、漸く事態は収束を見る。
初等部の生徒による侮蔑の視線は、一向に収まる気配は無かった。
なのにこの件については、どちらも、
――――当然だ。
と思っていた。
中々に涙を誘う意識共有。
それを言葉にする人間は、この場にはいなかった。
教師さえも、講義の放棄さえしなければ、「幾らでも彼をへっぽこ呼ばわりしても構わない」との認識だったのだ。
そして教師は、教鞭をとる。
「はい。今日は先日の復習から入りますよ。ワンオフ魔術と、ゼネラライズ魔術。この違いを覚えている生徒はいますか?」
「はーい」
和気あいあいと、生徒たちは挙手する。
そして当てられた、生徒が説明する。
――ワンオフ魔術。
――ゼネラライズ魔術。
この二つは、魔術という点において合致するが、その本質はまるで違う。
ワンオフ魔術は、その名の通りに、世界でただ一つの魔術である。
無論、人類史の長い年月にて、他者と同じワンオフ魔術を覚えた人間も存在はするだろう。
それでも程度の差はあれ、誰にも真似できない魔術であることに、変わりは無い。
ワンオフ魔術は、誰にも真似できず、『代替』は出来ても、『再現』は出来ない代物である。
対して、ゼネラライズ魔術は汎用的、あるいは一般的……そんな言葉が、しっくりくる魔術である。
とにかく魔術師であれば、誰しもが使える(はずということになっている)魔術の総称である。
「神様が世界に仕込んだ魔術」と伝わっており、森羅万象を画一的に変化させる。
で、あるためか。
個々人のイマジネーションや魔力の差異によって、精度や威力は千変するものの、本質的には、同一かつ画一な現象を生み出す。
――例えば火を起こすゼネラライズ魔術なら強力微力を問わず火を起こすし、風を起こすゼネラライズ魔術なら強力微力を問わず風を起こす。
あらゆる意味で、結果のわかっている魔術とも言える。
ワンオフ魔術は、精度や威力がゼネラライズ魔術より勝るが、汎用性や応用性で評価すれば、ゼネラライズ魔術が一歩先を行く。
一般的に言われている限りでは、「ゼネラライズ魔術が汎用戦力」で「ワンオフ魔術がその魔術師の切り札」との認識で間違いはない。
「では、ゼネラライズ魔術には、一般属性四種があることは覚えていますか?」
ミズキは、講義室の後ろで、講義を聞いていた。
「はーい」
生徒たちが同意する。
教師は生徒たちを指名して、一般属性四種の説明を求めていた。
ゼネラライズ魔術には『属性』という概念が存在するのだ。
――まず一般的に言われているのが『火』と『水』と『風』と『土』の四種だ。
これに加え、複合属性四種の合計八属性を以て、ゼネラライズ魔術は完結する。
個々人固有のワンオフ魔術は、属性外……つまり例外に分類される魔術も、多数確認されている。
ちなみにミズキの治癒魔術も、例外の範疇だ。
これは、神様が世界に仕込んだゼネラライズ魔術が森羅万象に当てはめられているのに対し、ワンオフ魔術は自身で世界にバグを作って発現させているため――と後の魔術師は推察することになる。
現在はそこまで思考を進めている魔術師……どころか人間がいない。
ともあれ……故に、ゼネラライズ魔術は、森羅万象に適応する八属性を基礎として持つ。
ちなみに、後者の複合属性四種は、少なくとも一般属性四種の内、二つ以上の属性を習得せねば覚えられない高等技術だ。
まして魔術師といえども、好きな属性を選べるわけではなく、こればっかりは先天的な属性との親和性に委ねられる。
一般属性四種の内の三種を習得している優等生……サラダ=シルバーマンが、いかに優秀かを示す例とも言える。
火の性質は変化。対象の変質に特化した属性。
水の性質は昇華。対象の強化に特化した属性。
風の性質は拡散。対象の分解に特化した属性。
土の性質は停滞。対象の固定に特化した属性。
教鞭を振るっても、何のことやらわかっていない生徒もいる。
要するに、火と風が攻撃属性で、土が防御属性……水が補助属性という認識で間違いはない。
火や風にも補助や防御のゼネラライズ魔術はあり、土や水にも攻撃のゼネラライズ魔術はある。
そこについて説明するほど初等部の講義は複雑ではないだけだ。
「そうですね。それでは生徒ミズキに、ゼネラライズ魔術を見せてもらいましょうか」
「俺っすか?」
急に話を振られて、目を白黒させる。
「へっぽこ~」
「へっぽこ魔術~」
「へっぽこ魔術師~」
へっぽこという発音が気に入ったのだろうか。
初等部の生徒たちはミズキを、
「へっぽこ」
と呼ぶのに、抵抗なぞ覚えていないようだった。
「私の魔術ではいささか強力すぎます。その点、生徒ミズキなら安穏な魔術を行使できるでしょう?」
教師にまで下に見られる始末だった。
そんなことに腹を立てる彼でもあらじ。
「わかりましたよ」
ガシガシ。
頭を掻いて、
「――
呪文を唱えるのだった。
風属性の、初級ゼネラライズ魔術だ。
既に、魔力は体力から変換し、練り上げて、魔力キャパにストックしてある。
教室全体に、そよ風が発生した。
「はい。ありがとうございます」
風を受けて、教師が口を開いた。
「これが風の初級魔術たる
暗に、
「こんな魔術しか使えないのか」
彼を貶める教師だった。
「……………………」
聞き慣れた罵倒だ。
今更あげつらうほどでもない。
「これも給料の内」
軽く聞き流す彼。
見るに、へっぽこであることに、抵抗を覚えていない様にも思えた。
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