第9話 へっぽこ魔術師07


 ティーチングアシスタントが終わり、職員室で給料を受け取ると、ミズキは精神的に癒されるために、


「今日はもう寮に帰ろう」


 と心に決めていた。


 そこは運の無さ。

 更なる心労と、バッタリ出くわしてしまった。


 視線が合う。

 彼が相手を認識する。

 相手が彼を認識する。


 同時に、


「おーほっほ!」


 相手は笑った。


 深緑の瞳に宿るのは、嘲りの光。


 肩を震わせて哄笑する振動に合わせて、深緑の髪が揺れる。




 サラダ=シルバーマン。




 へっぽこと呼ばれる劣等生のミズキとは対照的に、スクールカーストの天辺にいる美少女である。


「職員室にいるという事は、とうとうへっぽこも度が過ぎて退学ですの?」

「さてな」


 彼に、付き合う気は無かった。


 馬鹿にされたり愚弄されたり侮辱されたりするのは、自身が気に掛ける代物でない。


「では何ですの? へっぽこで、しかも努力を怠っていることへのお叱りかしら?」


 とにかく他者を下に見ないと、気が済まないらしい。


 ミズキには、理解できない感情だ。

 しかし無視して帰れば、それはそれで角が立つだろう。


「ティーチングアシスタント」


 それだけ述べて、去ろうとすると、


「お待ちなさいな」


 引き留められた。


 ――うぜぇなぁ。ほっとけ。


 と言えれば良かれど、


「…………」


 彼は、黙して留まる方を選んだ。


「あなたのようなへっぽこが、ティーチングアシスタントですって?」


 訝しむようにサラダ。


「悪いか?」

「悪いですわね」


 ――さいか。


 思念で納得。


「ティーチングアシスタントは、優秀な生徒から見繕われるものですわ。あなたのようなへっぽこに務まると思っていますの?」

「教室の後ろに突っ立っていることくらいは俺にも出来るさ」


「まさか教師の指名ではないでしょうね?」

「残念。代行」

「代行……」


 呟くサラダだった。


「ああ、へっぽこといつも一緒にいる趣味の悪い女子生徒ですわね?」


 斜め方向に納得された。


「正解」


 ミズキは答える。

 二つの意味で。


「セロリと言いましたか。魔術の研鑽に真摯な優等生ではありますね。何が悲しくてへっぽこと一緒にいるのやら……」

「まっこと、この世は不条理で満ちてるな」


 皮肉気に、彼は口の端を吊り上げる。


「無礼でしょう」

「何がだ?」


「一つはわたくしに対して敬語を使わないこと。一つは優等生のセロリの足を引っ張っていること。今すぐ改めなさい」

「知らん」


 彼は切って捨てた。

 言語で。


「へっぽこのあなたが、わたくしに逆らうと?」

「別に校則に記載されていないことにまで付き合う義理はねーだろ」


 明明白白な挑発。


 次の瞬間、


「……っ!」


 お嬢様は、カッ、と、頭に血を集めた。


 そして、


「――疑似変換テンポレリトランス――」


 呪文を唱えて、職員室の壁に手をついた。


 バチッ。


 火花が少し散り、職員室の壁の一部が消失し、彼女の右手に片手剣が握られていた。


 変化の性質を持つ火属性のゼネラライズ魔術……疑似変換。


「錬金術の初歩」


 そんなレッテルの魔術だ。


 一時的に、質量から武器を錬成するゼネラライズ魔術である。


 術者のイマジネーションによって武器の形状は異なるが、どうやらサラダの疑似変換にて得られる武器は、片手剣らしい。


 ちなみに疑似変換は時間制限があり、優等生でも「三十分程度が限界」が通念だ。


 自身の維持時間の限界を超えると、変換された武器は、元々の質量に戻ってしまうのである。


 とはいえ、今はそんな心配をする余裕も無いものだ。


「しっ!」


 呼気一つ。

 手に握った片手剣を、サラダはミズキ目掛けて振るう。

 幼稚ながら、持っている殺意は本物。




 ――プライドの高いお嬢様においては、挑発に慣れていないらしい。




 とは、思念だけで語るミズキ。


 目の前の危機に対しては、感慨も無いようだ。


「当たり前っちゃその通りだな」


 彼の結論である。


「やはり魔術師であるためか?」


 サラダの斬撃は、あまりに素人だった。


 襲われている方は、


「はぁ」


 溜息をついて、


「よ……っと」


 襲いくる凶刃を、親指と人差し指とで、挟んで止めた。


「っ!」


 その事実に、彼女が狼狽する。


 さもあろう。


 真剣白刃取り……どころの騒ぎではない。


 片手の指二本で、斬撃を止めたのだ。


 それがどれだけの超絶技巧の上に成り立っているのか。

 素人目にも明らかなのだから。


「なっ!」

「おい!」

「嘘だろ……!」


 職員室にいる人間が、残らず驚愕する。


「その指を離しなさい!」

「構わんがな」


 あっさりと彼は、指で挟んでいた凶刃を、自由にした。


「……っ!」


 再度、サラダが凶刃を振るう。

 されど結果は同じだった。


 斬撃を止められたのだ。


「あー……」


 彼は、人差し指と中指とで、凶刃を挟んで止めていた。


「許可なく殺傷魔術を他者に向けるのは……校則違反じゃなかったか?」


 然りである。


 ゼネラライズ魔術は攻撃的な魔術が多いため、他者に向けるのは厳重にして立派な校則違反……どころか犯罪である。


 ハッとなった教師の一人が叫ぶ。


「拘束!」


 そしてその言葉は波となって、職員室に響き渡る。


 サラダは教師たちによって取り押さえられた。


「何故わたくしが!」


 取り押さえられながら、深緑の瞳に映る炎は赫怒のソレだ。


「悪いのはそこのへっぽこですわ! わたくしはただノブレスオブリージュに従って行動しただけですわよ!」


 手前勝手と申せば、あまりに手前勝手。


 むしろ本心から言っていることを、ミズキも理解していた。


 貴族特有の傲慢さがあった。


 初手から相手を下に見る。


 下を見るも何も……ミズキはスクールカースト最底辺ではある。


 だからといって、道徳はゆるぎない。


 サラダは、反省文の提出を課されるのだった。


 仮に、逆の立場なら、ミズキは豚箱に放り込まれていたことだろう。


『シルバーマン』という海の国の大貴族……その娘であるから、反省文程度で済んだのだった。


 だからといって、


「ざまぁみろ」


 などとは、露ほども思わないミズキではあれど。


「へっぽこのくせに……!」

「へっぽこのせいで……!」

「へっぽこがいるから……!」


 彼女は、最後まで、そんな呪詛を吐いていた。


「勘弁してくれ」


 とは言わず、彼は肩をすくめる。


 それも皮肉を込めて。


「殺しますわ!」


 幼稚な殺意で以て、彼を不倶戴天の敵……と見定めるサラダ。


「さいでっか~」


 彼は、飄々としていた。


 それがまたサラダの神経を逆撫でるのだが、特に意識したものではない。


 本当に、


「面倒くさい」


 の一言に収まるミズキの態度だったのだ。

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