第10話 鉄壁砦のひみちゅ01
「は?」
ことの経緯を説明すると、セロリは、双眸と口とを丸くした。
「あのサラダ=シルバーマンと決闘……だよ?」
「ああ」
食後のアイスティーを飲みながら、ミズキは淡々と頷いた。
場所は彼らの寮部屋。
時間は夕食後。
片付いたダイニングでのこと。
ミズキとサラダの間で面倒が起きたことは、千里を走った。
ともあれ、そんなこんなで、グダグダに流されながら……彼は、サラダとの決闘を、やらされる羽目になったのだ。
加害者の論理で言えば、
「ミズキという不条理を叩きのめす」
そんなお題目。
「勝てるわけないじゃない!」
セロリの推察というには、あまりな一般論に、
「無理だろうな……」
ミズキとしても、是非もない。
ゼネラライズ魔術は風属性しか使えず、ワンオフ魔術は
対してゼネラライズ魔術は火と水と土の三重属性で、ワンオフ魔術は超高熱ビームを放つ
――これでどうやって勝てというのか?
「決闘の方法は?」
セロリの、この疑問は妥当である。
決闘と言っても、いくつかのルール設定がある。
例えば「ゴーレムを互いに確保して、敵のゴーレムを先に滅ぼした者の勝ち」というルールなら、ミズキに攻撃魔術が向けられることはない。
なれども――――
「文字通りの決闘」
セロリの疑問に、ミズキは最悪の回答を、投げてよこした。
つまり互いに、自身を的として、魔術の応酬を行なうスタイル。
決死かつ必死のルールである。
本来ならば。
「とはいえ安心しろ」
ミズキは茶を飲んで、それからセロリの憂いを杞憂に変えるよう努力した。
「治癒強化で修復できる以上のダメージを与えないことが原則だ」
水属性のゼネラライズ魔術……『
身体の自己治癒能力を一時的に活性化させて、傷の治りを早める魔術である。
水の属性に親和性の高い魔術師にとっては、ある種「覚えて当然」とも囁かれる魔術の一つだ。
ちなみにミズキのワンオフ魔術の
「んなわけだから炎竜吐息は使えないだろ。あれは強力すぎる。受ければ塵も残らん」
で、あるからこそ、サラダは「天才」や「麒麟児」と呼ばれているのだ。
何より魔術師は、へっぽこでも国の財産である。
命を懸けた決闘で片方を失うのは、国としても学院としても、認められるはずもない。
故に、生徒同士の行き違いが決闘に発展しても、死亡や重傷を課すようなモノは、認められていない。
であれど……彼女の……セロリの憂いは杞憂には変わらなかった。
「死ななきゃいいとか! 治ればいいとか! そういうわけじゃないよ!」
「まぁなぁ」
ミズキ自身、それは思うところだ。
「痛い思いをするのは避けたい」と思うのは、全くもって必然だった。
「なんとか穏便に負ける方法は無いものか……」
茶を飲みながら唸る。
「サラダに謝罪して取り消してもらおうよ」
「決闘をか?」
「他に何があるの」
「実は既に試した」
その程度は、セロリでなくとも思いつく。
「土下座して譲歩を引き出そうとしたが、取りつく隙間も無かったな。あはは」
「あははじゃないよぅ……」
セロリにしてみれば――というかセロリどころか本人及び他人においても――ミズキがボロボロになる未来しか、ビジョンとして映らない。
「決闘が始まった瞬間、降参するとか……」
「降参禁止だってさ」
「そんなルールがあるの……?」
「シルバーマンの権力って素敵ね」
皮肉気に、彼は笑った。
つまり「どちらかが戦闘不能になるまで続ける」ルールだとミズキは述べたのだ。
「不条理ここに極まれり」
だが唯々諾々と従う他ないわけで。
つまり、どうあってもサラダの慰み者になるしかない……とのことだった。
「そんなの……そんなのって……っ!」
セロリは、嗚咽を漏らしながら、泣き出した。
サファイアの瞳から、ポロポロと、涙がこぼれる。
「ちょ!」
動揺したのはミズキ。
当たり前だ。
いきなり女の子に泣き出されては、男の子として立つ瀬がない。
「泣くなって……!」
ハンカチを取り出し、彼女の涙をぬぐう。
「お前が戦うわけじゃないんだから……な?」
「でも……ミズキちゃんが……犠牲に……」
「死なない程度だって……な?」
「嫌だよ……。ミズキちゃんに痛い思いをしてほしくないよ……」
「俺には治癒があるから大丈夫だって……な?」
「でも……でもね……」
うっうっ。
泣き続けるセロリ。
――どうしろってんだ。
言葉にせずそう思う。
どうしようもないものだ。
彼は、ギュッと泣いている彼女を抱きしめた。
そして、
「よしよし」
頭を撫でる。
気分としては、小児をあやしているソレ。
精神未熟な女の子の気持ちが相応であることは、彼とて熟知している。
まして彼は、
「セロリがミズキに惚れている」
ことを十二分に知っているのだ。
仮に立場が逆なら、涙こそ流さないものの、彼もまた彼女を想って心を痛めるだろう。
当事者が機微に敏感であるから、納得させるまで彼女の頭部を抱いていた。
三十分ほど経っただろうか。
「落ち着いたか?」
彼が問う。
「ごめんねミズキちゃん」
彼女が謝罪する。
目を赤く腫らしてだ。
「気にしてねぇよ」
むしろ彼の言葉はそっけない。
負い目を持たせないように……というのもあるし、なお同時に心の底からの本音でもある。
ミズキは茶を飲んで、
「ほ」
吐息をつく。
「逃げ回って体力を枯渇させれば負けになるだろ?」
魔力は、体力を練って、変換することで得られるエネルギーだ。
つまり全力で魔術を使えば、全力疾走後の肉体負荷と、同義の状態に出来る。
魔力を消費するという事は、体力も消費するという事に他ならない。
多分、これがある意味で、最善の策ではある。
「逃げ切れるの?」
疑惑のセロリ。
「さてな」
剽軽のミズキ。
決して、
「無理だ」
とは言わない。
「女の子の涙には価値がある」――と彼は思っている。
あるいは波風を立てることを嫌う彼にとっては、女の子の涙とは、正に波風に値するものなのだ。
「ま、善処するさ。そう捨てたものじゃないぞ」
まったく根拠のない言葉だった。
それでも女の子を安心させるためなら、虚言すら弄するのが、彼の長所であり短所でもある。
「絶対だよ?」
「ああ。絶対だ」
ぬけぬけと嘘をつく。
だが、
「うん。ミズキちゃんがそう言うのなら……」
彼女は納得したらしかった。
ある意味で、ミズキが彼女を騙した形になるも、
「まぁいいか」
こそ彼の結論。
――女の子が泣き止むのなら、それ以上は無い。
とまでは言わないものの……その通りには行動する。
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