第12話 鉄壁砦のひみちゅ03


 それから日が経ち、王立国民学院……生徒窓口の事務室にて、単位の申請をした後、ミズキとセロリは馬車に揺られていた。


 山道だ。


「いい天気だなぁ……」

「だねぇ」


 パッカラパッカラ。

 馬の蹄が地面を蹴る音が、やけに響く。


「一応これも単位になるんだよな?」

「だねぇ」


 確認以上の意味は無い。


 彼らが乗っているのは、商人の馬車だ。

 屋根つきの荷台を、馬が引っ張る形である。


 商人の護衛としての側面もある。


 されど、それ以上に、経済に打撃を与える山賊の殲滅が、セロリに(ミズキは付添いという形である。単位は出るが)与えられている任務だ。


 ある意味で商人は、おとりである。

 元より不平不満を漏らすほどのことでもない。



 海の国は、漁業が盛んだ。

 港町に行けば、海の幸が出迎えてくれる。


 それは半島国家としての強みであり、保存の効く魚の干物や燻製は、海に接していない国では、高価で取引される。


 此度の商人も、その恩恵に与ろうとしているらしかった。


 海の国に住んでいるミズキたちにしてみれば、


「アコギな商売だ」


 ということになれど。


 しかも、セロリにとっては、講義の一環であるため、護衛代はもらえない。


 商人および馬車および商品を、山賊のおとりに使っているのだから、ヒフティヒフティと申せば、その通りでもある。


「山賊が出る辺りってのは絞り込めているのか?」

「んーん」


 首を横に振るセロリ。


 山賊盗賊に襲われれば、殺されるのが商人の常だ。


 その意味で、情報が無いのはむしろ自然だ。

 後は出てくるのを待つのみ。


「眠気を誘うな」

「否定はしないよ」


 微睡もうとしている意識に、嘘はつけない。


 彼の方にしてみれば、不意打ちは意味をなさないのだ。


 油断するのも必然と言えた。


「くあ……」


 と欠伸を一つ。


「むにゅ……」


 と眠気を制していると、爆発音が、彼らの耳を襲った。


 距離は近い……というよりほぼ零距離。


 馬車の馬が、甲高く鳴いて狼狽することしきり。


 それを宥める商人の御者としての腕も中々のモノだ。


 ミズキとセロリは、臨戦態勢に入って、馬車から飛び出す。


火球ファイヤーボールだな」

「おそらく、だね」


 火属性のゼネラライズ魔術……火球ファイヤーボール


 炎を球状に固めて射出し、着弾と同時に爆発させる魔術である。

 火属性のゼネラライズ魔術としては簡単な方。


 ただ魔力によって、威力は千変するため、術者によっては決戦力ともなりうる。


 仮に術者の魔力が貧困でも、馬車を止めるくらいの威力は造作もない。




 しかし学院側は、意外感を覚えていた。




 山賊は、基本的にならず者で、教養とは縁が無い。


 そして魔術は、確かな知性とともにある。


 例外はあれど、常識的に、魔術師が山賊盗賊を演じるという事は……あまり無い。


 いちいち犯罪に身を染めなくとも、魔術師というだけで、国から保護を受けるためだ。


 であるから、襲ってきた山賊が、魔術を使えるというのは、魔術師にとっては新鮮な驚きであった。


 とまれかくまれ、山賊を迎え撃とうとしたミズキたちは、敵対する存在を視認し、


「……………………」

「……………………」


 同時に沈黙した。


 山賊ではなかった……と決めつけるのは早計ではあるものの、襲撃者を山賊に結び付けるには、心的労力を必要とした。


 ミズキは、結界を張る。


 周囲に、感知の糸を伸ばして状況を探るが、魔術師一人のほかに、感知できる人間はいなかった。


「……あー」


 まじまじと魔術師を見やる。


 少女だった。


 桃色の髪に桃色の瞳を持つ、幼い印象を受ける美少女だ。


 顔のパーツが整っており、未熟ながらスレンダーな体つき。

 着ている服は上等なモノなのに、着替えていないのだろう……そこかしこが汚れていた。


「山賊か?」


 問うてみる。


「否」


 答えは簡潔を極めた。


「それもそうだろう」


 ミズキの率直な意見。


 仮に山賊に身を落としたとしても、これほどの美少女が、無事で済む保証は全くない。


 むしろ輪姦されて捨てられるのがオチだ。


 その意味で、少女の言葉は、信を得るに値した。


 しかし問題が解決したわけではない。


 桃色の美少女は、いまだ敵意を持っており、引っ込めるつもりも無いようだった。




 ――何に追い詰められているのだろう?




 彼は勘案する。


 ゼイゼイ、と、少女は肩で息をしている。


 魔術は体力を消費する。


 そして今まさに、少女は生命力の飢餓に追い詰められているようだった。


 次の魔術が撃てるかも怪しいところである。


「食料を渡して。でなければ滅ぼす……!」


 少女が脅して、護衛に手を突き出す。


 仮に魔力を練れば、呪文とともに、魔術がミズキたち目掛けて襲い掛かるだろう。


 ただ一瞬遅い。


 少女が魔術を撃つより先に、グギュルルゥ、と、少女の腹が鳴いた。


「ご……は……ん……」


 呟いて少女は、魔術を行使することもなく意識を失った。


「…………」

「…………」


 ミズキとセロリは、空腹と疲労で気を失った少女を見やった後、それぞれの視線を交錯させ、目だけで会話した。


 ――どうする?

 ――さあ?


 言葉にしなくとも、少女の扱いに困ったことに、寸分の違いもなかった。

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