第13話 二人は『初めて』を提案する

「あの、校長。これで良かったのですか?」

「あぁ……、そりゃ良くは無いよ。致し方なく、と言ったところだね」


 参ったな、と校長は苦い表情を見せる。

 申し訳なさが言葉として口から出そうになったのだが、


「まぁ、どうせ後から分かることだし良いんだけどね……」


 安心したような、諦めたかのような一息を吐いた。

 でもやはり秘密にするように言われたのだ。これ以上広まるわけにもいかない。

 ということで──。


冠城かぶらぎくん、これ以上キミたちの関係を探られてはいけないから、ちょっと方針を変えよう」

「あっ、はい。その方が良いと思います」


 有名な『絶対王者』と、有名な『紅薔薇の令嬢』。知名度は違えど、どちらも有名なのは事実であり、その両者を知る生徒は珍しくないだろう。幸い美希はそうではなかったみたいだが。

 そんな有名人を知る人たちや千尋に熱烈な好意を抱く人たちが、侑李と千尋が二人きりになっているのを目撃すればきっと騒ぎ出すだろう。

 それにあの部屋の周りも人気ひとけが無いとはいえ、立ち入り禁止区域というわけでもない。誰かがふとした時に立ち入って彼らの様子を目撃すれば、「人気の無い部屋で二人きり。怪しい……」と、変な噂が立つかもしれない。


「ところで、僕らはどうすればいいんでしょうか?」

「……いやぁ、実は元から予定してたことなんだけどね。なんというか、やっぱり頼みにくいなぁ……」

「大丈夫です。推薦の、いや、校長のためなら自分が犠牲になるくらい容易いので」

「いや、やめて! 重いから! あと、自分は大切にしてね!!」

「すみません、つい必死になってしまって……。それで、頼みというのは?」


 そう聞くと、校長は恐縮顔を見せながら答えた。


「……キミには茨木くんのを依頼しようと思うんだけど……」



 〇



「あっ、あのさ茨木」


 放課後いつもの教室にて、侑李は気恥しそうに話しかける。侑李に一切見向きもせずに、数学の一問にのめり込む千尋に。


「なんですか? 話なら後でもいいですか? 今、いいところなんで」

「おぉ、そうか。悪い悪い……、じゃなくて大事な話なんだ。一旦ストップ!!」

「……大事な話、ですか?」


 千尋はシャーペンを机に置き、侑李の目を見た。

 普段からトゲトゲしくて取っ付きにくい千尋だが、その時に見せたきょとんとした表情はギャップが効いていて……


「うぐぅ……」


 思わず侑李は小さな唸り声を上げて、目を逸らした。


「……先輩?」

「あぁ悪い! それで、話なんだが……」


 乱れた脈拍を整えるべく、一呼吸置いて侑李は言う。


「実は校長から、次回から茨木の家庭教師を務めるように言われたんだ」

「かっ、かかっ、家庭教師ですか!?」

「あぁ。ここにいてもいずれは誰かに見られてしまうからな」

「なんですか、その言い方。まるで脱走犯みたいな物言い……。じゃなくて!」



『家庭教師』という言葉を聞いてから動揺しっ放しの千尋はモジモジしながら、至極当たり前な質問をする。


「あの、家庭教師ってことは、先輩が、わっ、私の家に来るってことですよね?」

「あっ、あぁ、そういうことになるな」

「本当にわかってるんですか!?」

「わかってる! いきなりキミにマフィアのボスになれ、とか言わないし、僕は公女殿下に常識外れの魔法授業もやるなんてことも断じてない!! ……恥ずかしいから、これ以上は聞くな」


 を意識して、侑李は少し頬を赤らめてまた目を逸らす。

 そしてそのまま──


「とっ、ということで、明日からはそういうわけだから……、よろしく」

「あっ、はい……。ってなるわけないじゃないですか!!」

「そうだよなぁ!!」


 家庭教師という言葉を、二人は簡単に受け入れられないでいた。


「だって先輩を。し、知り合って間もない男の人を家に上げるんですよ? 小学校の家庭訪問のノリで簡単に受けられないですよ……」

「僕だって、その……、なんだ? 茨木の、知り合って間もない女の子の家に上がることにはちょっと抵抗があるというか……。てかそもそも、女の子の家にお呼ばれされたことないから……」

「私だって。そもそも友達とか先輩とか、近しい間柄の人なんて家に招いたことありませんし……」


 両者とも、『初めて』にかなりの抵抗を抱いている。人間誰しも、こういう抵抗が生じるとなかなか次のステップが踏み出せないもので、


「……じゃあ、やめとくか?」


 侑李は後退の一手を指した。あくまで千尋の意見を尊重した、という意味で。

 けれど──。千尋は言った。


「いえ、大丈夫です。やりましょう」

「えっ、いいのか?」

「……だって今のままじゃまずいんですよね?」

「まぁ、キミのような超有名人と一緒にいると結構騒がれるみたいだし。校長も僕らの関係は内密にして欲しいらしいんだけど。だからって無理に受けなくても──」

「いいんです、これで」


 きっぱりと、何一つ嫌な感情を見せずに千尋は真剣な表情で言い張った。

 そして両手の人差し指をツンツンとさせながら、


「校長も先輩も。私のために頑張ってくれてるから、迷惑はかけられないし……」

「茨木……」

「べっ、別に先輩を家に招き入れたいとか、そんな考えじゃなくて……。あんまりワガママ言えないかなって思ってて。それに私たちお互い最寄り駅が一緒で、私たち以外で最寄りが同じ生徒がいないから、家でやる方が効果的といいますか──。……だから」


 千尋があまり聞かない早口で捲し立てた後、少し顔を俯かせながら小さな声で呟いた。


「せっ、先輩が『初めて』の相手でもいいかなって……」


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