第4話 絶対王者はやり方を変える

 絶対王者こと、冠城侑李かぶらぎゆうりは悩んでいた。


「くそっ、どうしたらいいんだ? あの子がやり方さえ変えれば、成績は伸びるというのに……」


『努力は裏切らないが、やり方を間違えれば簡単に裏切られる』という言葉のように、努力が報われていない千尋ちひろを救いたいと、侑李は考えていた。


 そんな彼が昼休みに廊下を歩いていると、とある女子生徒の会話が耳に入る。


『はぁ、ほんとにどうしたものか……』

『どうしたの? 溜め息なんかいて。ちーちゃんのこと?』

『そうそう。千尋。茨木いばらぎの千尋のことよ』


 どうやら教え子の千尋についてみたいだ。

 侑李は遠くから耳を傾けた。


『あの子さぁ、真面目なんだけど全然言うこと聞いてくれないの! この前も単語帳に付箋使ったら?って言ったら「ウチのジョニーが汚れる」とか言い出してね』

『ジョニー、って(笑)』


(そうか、茨木の友達も俺と同じ事を悩んでるのか)


 侑李は、そう共感しながら話に耳を傾け続ける。


『ねぇねぇ、まなみ。どうしたらいいと思う?』


 そう言って千尋の友達が縋ると、まなみ、と呼ばれた少女はう~ん、と口下に人差し指を添えながら、目を上に向けながら唸る。


『……もしかしてミキミキ、あの子に厳しめの口調で言ってない?』

『えっ? まぁ、別に厳しくはしてないけど、優しくも言ってないかな?』

『チッチッチぃ~、甘いねミキミキ。あの子の扱いがまるでなってないねぇ~』

『それ、どういうこと?』


(そうだ! どういうことだよ!?)


 気になって侑李は少し身体を前のめりにすると、まなみはふふんと鼻を鳴らして自信ありげに言った。


『いい? あの子はチョロいの。正しい扱い方さえ知れば、あの子は立派なチョロインになるんだよ』

『チョロインはどうでもいいから教えて! 千尋の幼馴染みだから知ってるでしょ!?』

『もー、ミキミキはせっかちだなぁ』


(いいから! そういうのいらないから!!)


 盗み聞きなんてことを長くもやってられないと焦る侑李。するとまなみはニヤリと笑って答える。


『あの子はね、実は褒めると伸びる子なんだよ』


(嘘だ! あの茨木が!?)


 目をギョッとさせた侑李。壁にのめり込んで一体化するくらいの勢いで顔をグイグイ近づけた。


『えー、絶対嘘でしょ!? だって千尋言ってたもん。「褒められるのは気持ち悪いから嫌だ」って!!』

『もぉ~、わかってないなぁ。そんなんじゃいつまでたっても『ちーちゃん検定一級』に合格できないよ~?』


 千尋を『ちーちゃん』と呼んで、まなみは続ける。


『いい? ミキミキくらい親しい間柄の子が優しくすれば、ちーちゃんはなんでも言うこと聞いてくれるんだよ?』

『……本当に言ってる?』

『ホントホントぉ~。それにね、あの子は褒めると伸びる、いや、サイヤ人もびっくりするくらい覚醒しちゃうんだよ。


(絶対嘘だ。褒めれば伸びるだなんて、あんなの迷信だろうが……)


 過去の自分の経験もあり、侑李は、まなみの言うことが全く信じられないでいる。

 それでも彼の凝り固まった考えがこの後、どんどんほぐされていく。


『その証拠は?』

『だってこの学校に入れたのは、アタシが褒めに褒めまくって、可愛がった結果だからねぇ~』

『それ、マジ?』

『マジマジ。もっとすごい証拠見せようか? ちーちゃんの模試の結果~』

『うわっ、すっごい伸びてる……』

『でしょでしょ~?』


(……まさか、褒められて伸びる人種がいると言うのか?)


 大袈裟な言い方かもしれないが、侑李にとってはそんな言葉が出るほど驚愕的なことたった。


『でもさぁ、そんなこと知ってるなら、まなみが面倒見てくれたらいいのに』


(そうだ。あの子なら茨木の今の状況を脱させることなんて容易いだろうに)


 近くではミキミキと呼ばれる少女が、遠くでは侑李が怪訝な表情を浮かべると──


『いやぁ……、ちょっとね?』


 まなみは心苦しそうに笑った。



 〇



「なぁ伊織いおり、歳下の女の子を褒める方法を教えてくれ」


 教室に着くと、侑李は同じクラスの男子、霧谷伊織きりがやいおりに唐突な質問を投げかけた。


「なんだよ? 藪から棒に」


 ワックスで遊ばせた黒い髪を弄りながら、伊織は応答する。


「歳下の女の子ばかりと付き合うお前なら分かるだろ?」

「いきなり人をロリコンみたく扱うとは心外だな、このシスコン野郎」

「いや、事実だろうがロリコン野郎。あと、僕はシスコンじゃない」


 こんな言い争いをするが、傍から見ればお互い様である。


 伊織は基本、ルックスが良くコミュ力もあってモテるのだが、彼は絶対に好みの歳下ロリ体型の女の子としか仲良くしないし付き合いもしない。まさにロリコン野郎。


 一方の侑李は、茨木や校長の前では見せなかったが、口の開けば妹のことばかり出てくる。まさにシスコン野郎である。


「どうせ今日も愛する妹のことだろ? 俺に指摘されたくないから『歳下の女の子』=『妹』を伏せてんだろ?」


 そう。実は伊織の言う通り、侑李は伊織にシスコンだとからかわれるのが嫌で、つい最近まで『妹の話をしている』ことを上手く伏せて話していたのだ。


 しかしもちろん、今回は違う……のだが──


「……そんなんじゃない。ちょっとそうせざるを得ない状況に陥ってるだけだ」


 侑李は『歳下の女の子』が茨木であることを告げられなかった。

 というのも彼、校長推薦の話は口外しないように言われているのだ。


(はいはい、嘘乙。俺のことを誤魔化そうなんて最初から無理だっての)


 これにより、勘違いがスタート──伊織が『歳下の女の子=侑李妹』と思っている状態で話が進むことになってしまった。

 伊織は胸を張り、ふふんと鼻を鳴らした。


「わかったわかった。そんなに言うなら教えてやるよ」


 ここからは勘違いしたまま、侑李の妹への愛の大きさを加味しながら伊織が得意げに答えていく。


「まず出来の良いいも……、歳下の女の子には、頭をポンポンしてあげるのが主流だな」

「なるほど、頭をポンポンか。てか、僕の頭を触るな気持ち悪い」

「あと、その上位互換である『頭なでなで』も使えるようになることだな。使い分けはその時々のムードで判断することだ」

「ちょっと待て。頭をポンポンするのと頭を撫でるのは、一緒じゃないのか?」


 頭を撫でようと手を近づける伊織の手首を掴んで、侑李は問う。

 すると伊織はさっきの女の子みたく「チッチッチッチぃ〜」と言って、


「わかってないなぁ、侑李は。これだから恋愛未経験者は」

「うるさいぞ、ロリコン検定一級」

「はぁ!? だから俺はロリコンじゃねぇから!!」

「はいはい、嘘乙。ロリコンはみんなそう言うんだよ」

「俺は『やってない』と言い張る犯人か何かか!?」

「うっ……、心が……」

「ん? どした?」

「いや大丈夫。何でも無い」


 犯人。やってない。冤罪。痴漢。お尻……。

 何気ない比喩表現が、シスコン野郎を傷つけた。

 そんな侑李に構わず。伊織は「そっか」と言って話を続ける。


「とにかく、まずは頭ポンポンと頭なでなでだ」

「おう、わかった。ありがとう。早速、今日やってみるよ」

「おぉ、そうかそうか……って今日かよ! いきなりだな!!」

「あぁ、打てる手は早めに打たないとな」

「……そうか」


(こいつ、妹に何をするつもりなんだ……)


 あまりにもひどいシスコンぶりだなと勘違いした伊織は、ズズっと椅子を動かして侑李から距離を取った。

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