第2話 絶対王者はラッキースケベを憎む in 満員電車

「どうして、私のお尻を触ったあなたがここにいるんですか!?」


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 ……………………………………

 ………………………………


「……ん? 茨木いばらぎくんに冠城かぶらぎくん、それはどういうことかな?」


 少女が放った衝撃発言がしばらくの沈黙を生み出した後、校長はひどい動揺を見せた。


「ちがっ、違います!! 誤解なんです!!!」


 一方、校長から優秀な生徒として推薦された侑李ゆうりの名を汚す発言を前に、侑李は顔面蒼白。


 ──何故、こうなったのか?


 時は今から数日前、侑李史上最大のを行った春休みのある日に遡る。



 〇



 絶対王者こと、冠城侑李かぶらぎゆうりは正義感の強い男であった。

 弱きを助け、強きを挫く──まるでその姿は少年漫画の主人公のよう。


 そんな彼にある日の春休み、事件が起こった──。


「えっと、キミがこの子のお尻を触ったと?」


 地下鉄烏丸からすま線の四条駅構内にて、侑李は警察から尋問を受けていた。


「いえ、事故です」


 警察官の問いに、侑李は真顔で答える。

 その場には校長室で再会した紅髪こうはつの少女と、小太り体型の中年サラリーマンが一人いた。


 実はこの不穏な状況こそ、侑李とその少女が初めて会った時のことである。

 どうやら侑李は、電車内で少女に痴漢を犯したと疑われているらしい。なんて酷いボーイミーツガール。


「事故? でも触ったのは事実だよね??」

「だから、あれはたまたまですって! 電車に揺られて、その勢いで手が触れただけなんですって!!」


 事実、侑李は目の前で起こっていたを阻止すべく手を伸ばしたのであり、そのときに電車が揺れた勢いで少女のお尻に手が触れてしまったとのこと。


 そんな自分は無罪であると主張する侑李。しかしその様は罪から免れようとする犯人のようで、逆効果だった。


「たまたま? そんなわけ無いだろ!?」


 眉をひそめたサラリーマンの男が彼らの間に入ってきた。

 少女のお尻を触った侑李を、痴漢の容疑で捕まえた張本人である。


「俺はしっかりこの目で見たからな! アンタがこの子のお尻に触ってたのを!!」

「……たまたまなわけ無い、ねぇ」


 すると侑李は表情をガラリと変え、余裕綽々な態度を男に向ける。


「何だよ!?」

「いいえ、別に?」


 そんな彼に激昂し、男は声を荒らげた。


「アンタ、まさか事故を装って痴漢から逃れようとしてるんじゃないだろうな!?」


 ……スッスッ。


「全くこのクズは……、って、おい! 人が注意してる間に携帯なんかいじってんじゃないよ!!!」


 その一方で、スッスッと、侑李は平然とした様子で携帯電話の画面をスライドする。そしてその指の動きを止めて、


「じゃあ、これはなんですか?」


 画面に映る一枚の写真を、警察官とサラリーマンの男に見せつけた。


「うっ……」


 その写真が目に入り、男の表情が焦りに染る。


「おじさんこそ、この子のミニスカートの中に携帯なんか近づけて、何やってるんですか?」

「………………」

「これもたまたまですか??」


 その言葉に男の瞳は小刻みに震え、少女は赤面して桃色のスカートの裾を両手で抑えた。


「お前、どうしてそれを……」

「決まってるじゃないですか。証拠は見えてる間にちゃんと残しておかないと。これであなたが変に誤魔化そうとしても、言い逃れができませんからね?」


 冠城侑李は人一倍、慎重で用意周到だ。

 テスト前の復習やテストの回答終了後の見直しは徹底的に行うため、ミスなんてほとんどしない。

 おまけに日常生活においても脳をフルに回転させて、何事も抜かり無くこなしてきた。


 だから今回も、少女を痴漢から救いたいという衝動に駆られるも、決して焦ること無く様々な想定をして行動を起こしたのだ。

 それにより彼のこなした立ち回りは実に完璧であった──彼女の尻に誤って触れたことを除けば……。


「スカートの中を撮影しようとした盗撮魔のくせに、あたかも正義の味方ぶって逃げようだなんて、とんだクズですね」

「くっ……、アンタだってこの子のお尻を触って……って、おい! 何するんだ!?」


 逃げ場を失った男に、警察官が襲いかかる。


「決まってるだろ? さぁ、携帯を見せてもらおうか?」

「違う! これは──」

「この少年の写真を見て、どう言い逃れるんだ?」

「いや、えっと……、たまたま──」

「詳しい話は署で聞かせてもらおうか」

「違う! これは誤解なんだ!!!」


 この後、弁解の余地が無くなった男は警察官に連行された。

 これにて、めでたしめでたし……と、言いたいところだが──


「えっと、大丈夫だった?」

「……………………」

「あっ、なんか、ごめん……」

「……………………」


 少女は侑李からずっと目を背け、口を噤む。

 少女を痴漢から助けたはずの侑李と、侑李に助けられたはずの少女の間には、なんとも言えない気まずさだけが残った。



 〇



 そして数日後、気まずい関係の二人が再び顔を合わせたのは、まさかの校長室であった。

 若干の動揺を顔に出しながら、校長は侑李に問う。


「えっと、冠城くん。本当に触ったの? この子のお尻」

「えぇっと……、確かにそうなんですが──」

「えっ!? 本当なの!!?」

「あっ、いえ! たまたまなんです。事故なんです!」


 あれから一ヶ月後の四月、またもや侑李は誤解を解く必要に追い込まれた。


「僕はただ──」


 誤解する校長を納得させるべく、侑李はあの日の状況を説明しようとした。そのときだ。


「でっ、でも、校長! この人は悪くありません!!」

「茨木くん!?」

「キミ……」

「……お尻は触りましたけど」

「うっ……」


 茨木、と呼ばれた少女の放つ否定もできない事実に、侑李は声を詰まらせる。


「えっと、どういうことかな? お尻を触った冠城くんが悪くないって?」

「いや、あの、それはですね──」


 校長が頭にたくさんの「?」を浮かべるので、侑李は首尾一貫、説明した。


 するとだ。


「いやぁ、実に素晴らしい!! 成績優秀な上に、痴漢から生徒を守るとは!!!」


 校長がまさかのスタンディングオベーション。


「いえ、たまたまですよ!」


 予想外に褒め称えるので、侑李は照れくさくなって頭を掻いた。

 そんな彼を横目に、茨木はムスッとした声で小さく呟く。


「……お尻を触ったのも、たまたまですけどね」


「何か言った?」

「……」 プイッ!


 侑李が茨木と目を合わせようとすると、彼女はそれに合わせてそっぽを向く。まるで磁石の同極同士が離れるように。


「いやぁ、それにしても実に頼もしい生徒に会えたものだ。非常に光栄に思うよ!」


 椅子から立ち上がっていた校長は二人のところに寄り、侑李の肩を叩いて言った。


「期待してるよ、冠城くん!」



 〇



 話が終わり、二人は失礼しました、と丁寧にお辞儀をして校長室から出た。


「それじゃあ、これからよろしく。えっと……」

「茨木千尋です」

「あぁ、よろしく。い、茨木さん」


 気まずさがまだ残っているからか、侑李は控えめに手を伸ばすが──


「あのっ、そういうのいらないんで」


 茨木千尋は手のひらを立てて断った。


「えっ、あぁ……。ごめん」

「……あっ、あなたは私に勉強さえ教えてくれればいいんです。だから、仲良くなんて、いらないです」


 そして千尋は侑李を遠ざけるように言った。

 彼女の口から出た言葉は冷酷で素っ気なく……


「………………………………………」


 だけど目線は、全く侑李の顔に向いていなかった。

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