第17話 二人は『初めて』に挑む(実行(Do))

「それじゃあ、ここでしばらく待ってもらっても良いですか?」

「ん? あぁ」


 千尋が住むマンションの一室に着くと早速そう言って、彼女は家の中へ。対する侑李は家の前で待機を命じられた。


 そんな中、同じ階に住む住人だろうか。侑李にとっては母親くらいの歳の差の女性に話しかけられた。


「あら、千尋ちゃんに何か用事?」

「はい。今から茨木いばらぎさんの家で勉強を──」

「えっ、今なんて?」

「……だから、今から茨木さんの家で……、って、大丈夫ですか?」


(えっ、泣いてる!?)


「……うぅ、ごめんなさい。まさか千尋ちゃんが。ここに越して来てから誰も家に招かなかったのに……」

「まぁ、そうでしょうね……」


 そりゃ高校から家までの距離が遠すぎるから、同じ学校の生徒なんて呼びづらいだろう。


「それなのに、まさかのお客さんが男の人だなんてぇぇぇ」


 そんな中で異性が来たのが余程嬉しかったのか、その人は我が娘を祝福するかのようにおんおん泣き出した。

 かと思えば今度は侑李の肩を右手でポンと叩き、


「……頑張るんだよ?」

「えっ? あぁ、はい」

「あっ、あと言いにくいんだけどさ」


 そう言って、ボソリと小声で──


「……ゴム──」


「なに聞きだそうとしてるんですか!!!」


 すると顔を真っ赤にした千尋がドアを勢いよく開けて彼女の言葉を遮った。


「あら、余計なことだったかしら?」

「余計もなにも……。てか、勘違いしてるようで言いますけど──」

「はいはいわかったわかった。それじゃ、お邪魔虫は失礼しようかしら?」


 一体何を期待しているのか。彼女は顔をにやつかせて隣の部屋に入っていった。


「茨木、顔赤いけど。大丈夫か?」

「……ほっといてください」

「あっ、そういえばゴムなら持ってるぞ。持っとけってクラスメイトに言われたし」

「ちょっ、何言ってるんですか!?」

「……ほら」

「ばっ、バカ! こんなところで──」

「これ。何で持っとけって言われたか知らないけど」


 ポケットから取り出したのは……、赤いヘアゴムだった。二つ入りで108円。


「…………」

「……茨木?」

「……はぁ。なんでもないです!」


 そう言ってガっとヘアゴムを受け取り、せっかくだからということでスカートのポケットの中に入れた。今すぐは使わないようだ。



 〇



(こっ、ここが女の子の部屋か)


 内装は全体的にシンプルで、ベッドやタンスの上に可愛らしいぬいぐるみが置いているだけ。

 それでも侑李は今居る空間を『異性の部屋』と強く意識していて。緊張からか部屋に入って一歩も動けないで居た。


 だが、これでは先に進めない。

 呼吸を整えて部屋に足を踏み入れた。


「……何も夢の舞台に上がるみたいなことしなくても」

「いや、今思えば夢の舞台みたいなもんだよ。例えるならば……、甲子園のマウンドに立った気分」

「規模大きすぎません!?」

「いやだって異性の部屋とか、妹の部屋しか入ったことないし。そもそも今まで、女子に話しかけられても『はい』か『いいえ』くらいしか返してなかったし」

「ウミガメのスープですか、先輩は……」



 さて、とテーブル前に座り、侑李は勉強の準備を進めた。

 続けて千尋も同じように勉強道具をカバンから取り出した。


 中間テストまで残り一週間と二日。提出物などのやるべき事は両者とも終わらせており、


「あっ、そうだ茨木。何か他に問題集や参考書無いか?」

「他に、ですか?」

「ほら、もうやること無いだろ?」

「まぁ確かに」


 それに、と侑李はやや早口になって続ける。


「志望校や点数などの目標、自分のレベルによってやり方は合わせるべきだからな。そのためのものだ。特に受験ともなると、学校の教材だけで事足りるもんじゃないからな」

「受験、か……」

「どうした?」


 少し千尋が顔を俯かせるので、侑李は話を止める。すると千尋は寂しげに先のことを思う。


「先輩って、三年生じゃないですか」

「あぁ、そうだな」

「それで私が来年、三年生になったら先輩は卒業するし」

「あー……」


 卒業すればこの関係は終わりかもしれない。それでも──


「大丈夫だ。家庭教師としてなら来年もやってやる。京明大は通える範囲だからな」

「……ホントですか?」

「あぁ」


 絶対王者こと、冠城侑李かぶらぎゆうりはかなりの心配性である。

 今でもこの先が不安な千尋だ。受験前に彼女の教育係を辞めるとなれば、心配すぎて大学生活に身なんか入らないであろう。

 その性格故もあり、侑李は失敗する可能性を恐れて基本準備は怠らないのだ。


「とにかく。何か他に問題集は無いか?」

「いえ、そんなものは……」

「ん? そうか。なぁ、本棚の中見せてもらっていいか?」

「えっ、本棚!?」


 突然、侑李の口から『本棚』という言葉が出てきて、千尋は動揺した。


「ダメです! だって本棚にもプライバシーってもんがあるじゃないですか」

「ま、まさか茨木……」


 ここで侑李はあることを思い出す。


 ──いいか、侑李。エッチな本は絶対に見つけるな。そして、本棚には気を付けろ。


「……なんですか?」

「いや、なんでもないです」

「じゃあなんで顔を引きつらせてるんですか!? てか、なんで私引かれてるの!?」

「いや、大丈夫。本当に大丈夫だから……」


 コホンと咳払いを一つして、侑李はこんな提案をする。


「茨木、今から本屋に行かないか?」

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