第18話 絶対王者は怖いくらい積極的?

「いいか? 人間は十人十色。だから自分に合ったやり方を確立するのに参考書ってのが必要なんだ」

「それ。この十分で三回は聞いてるんですけど……」


 本屋へ向かう最中、夢中になって話す侑李に千尋は飽き飽きとした様子を見せていた。

 この男、勉強の話題だとかなり饒舌になり。あまりにも早口なので千尋は全然聞き取れないでいた。


「──ということだ。わかったか?」

「……早口すぎてよくわかんないのですが」

「そうか。じゃあもうちょっとゆっくりで──」

「いえ、結構です」

「えぇ……」


 そんなやり取りをしているうちに、二人は目的地にたどり着いていた。



 〇



 絶対王者こと、冠城侑李はかなり幅広い知識を持っている。

 周りからは「勉強しか能のないガリ勉野郎」などとひそかに言われているが、実はそうでもない。


 勉強の他にもスポーツやゲーム、更にはファッションにも精通しており、その一面を知る妹だけは「さすが兄さん。物知りだね」と賞賛してくれる。


 ……しかし。


「茨木、これはどうだ?」

「えっと……」

「こういうのもあるんだが?」

「ちょっ、まだこの本を見てる最中なんですけど──」

「おぉ、これなんかどうだ!?」

「……って、いい加減にしてください!! バカなんですか!?」


 侑李はカゴに多くの参考書を取ってハイペースで薦めるどころか、更に別の参考書を取ってくる。


 そう。この男は精通していることとなると、夢中になってグイグイ押してくるのだ。

 この非常識な強引っぷりに千尋は怒鳴って、迫る侑李バカを押しのけた。


「なんか先輩。女の子とショッピングデート行ったら、その日に嫌われてフラれそうですよね……」

「女の子に嫌われる? バカ言え。妹と服やら水着やらを買いに行ったときに『兄さんの完璧なチョイスで、女の子もメロメロだね』と言われる僕が、そんな目に遭うわけないだろ?」

「えぇ……」


 あっ、この人ダメだ。末期の自惚れバカだ。あと、それを褒める妹さんが見てみたい。

 そんなことを考え、千尋はバカ野郎と少し距離を置いた。当然の反応である。


(ていうか先輩、女の子の服とか選ぶんだ……)


 それでも、垣間見えた意外な一面に興味を示すが──。


(いや、でもあんな人とショッピングはさすがに無しだよね……)


 やはり、あの行動には湧いてくる興味は冷めるものであった。

 そして再びカゴに積まれた参考書に目を通し、桃色表紙の数学の問題集をパタンと閉じた。


「先輩、これがいいです」

「おぉ、これかぁ」

「見やすくてわかりやすいし、演習問題も多くていいかなと思って」

「だったら、これとこれと……、これなんかを組み合わせてだな……」

「そっ、そんなに要らないです!!」


 侑李が持ってきたのは、その本と同じシリーズと、並行して進めるにはもってこいの参考書たちだった。

 とはいえ、多くを取るとその分金額がかさむもので……。


「何故だ? 多すぎず少なすぎず。むしろ最低限必要なものばかり揃えたつもりだが……」

「……予算オーバーです」

「あっ……」


 高校生たるもの、予算の底がつくのは早いもの。

 特に千尋は家庭が裕福とはいえ、仕送りは少ないのだ。


「……仕方ない」

「ちょっ、先輩!?」


 しかしどうしても揃えた最低限が欲しいのか、侑李は財布から一万円札を取り出した。


「そんな、悪いですよ! 先輩のお金で買ってもらうだなんて!!」

「いや、気にするな」


 千尋が引き止めるも、侑李は参考書たちが入ったカゴを持ち上げて──


「僕は生徒のためなら、なんだってやる。これくらい、将来の投資として安いものだ」


 かっこつけてドヤ顔を見せることなく、背を向けながら侑李はいつもの口調で言う。

 理想の教師を志す侑李の、心からの本音だった。



 しかし高校生たるもの、金銭面は厳しいもので……。


「いらっしゃいませ~」

「……すみません、領収書もらえますか?」


 千尋には聞こえない小声で、侑李はそう言った。

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