第7話 紅薔薇の令嬢は褒められたい、とは言ってない!!

 紅薔薇の令嬢こと、茨木千尋いばらぎちひろは成長した。


「やったじゃん千尋! 単語テスト十点満点だったんでしょ!?」


 千尋に飛びついて、金髪のポニーテールを揺らすのは彼女のクラスメイト、煌星美希きらほしみき

 普段から侑李ゆうりみたく、千尋の勉強の面倒を見ており、最近まで頑固な千尋の伸び悩む成績に頭を抱えていた一人である。


「別に、今回は運が良かっただけ。大事なのは、何回も満点を取ることなんだから」

「またまたぁ! 久しぶりの満点なんだから、素直に喜べばいいのに!!」

「ちょっ、離れてよ、暑い!」


 千尋はいつものようなキリッとした目付きを美希に向けて強がるが、お構い無しに美希は千尋に勢い良く飛びついた。

 飼い主にじゃれる犬のような美希を千尋は引き剥がそうとするが、全く離れない。

 ポニーテールを本当の尻尾みたいに揺らす彼女に明喩も暗喩も不要。まさに美希は、犬そのものだ。


 ちなみに彼女、普段は千尋に似て真面目であり、あれほどオーバーな態度で千尋に接する機会はそんなに多くは無かった。


 ──あの子はね、実は褒めると伸びる子なんだよ。


 そんな彼女をガラリと変えたのは、千尋の幼馴染みである、まなみという少女が放った言葉であると見て間違いないだろう。


 千尋はやっとこさ美希を引き剥がして席に着く。


「とにかく、続きは昼休みね。私は一秒も時間を無駄にするつもりは無いから」

「はいはい。ホント、千尋は堅物なんだから……って、えぇっ!?」


 千尋がカバンから取り出した単語帳を見て、美希は絶句した。


「……千尋、どうしたの? その付箋!!」

「えっ? あぁ、必要かなと思って」

「千尋、もしかして熱ある!?」

「ふぇっ!? ちょっ、何!?」


 美希は慌てて顔をほんのり赤くした千尋に駆け寄り、千尋の額に手を当てた。推定三十六度三分。平熱である。


「わ、私は単にこの方法が効率良くていいと思っただけだから!」

「嘘だ! この前は『ジョニーが汚れる』とか言ってたくせに!!」


 ジョニーとは、単語帳の表紙に写る犬である。おそらく犬種はゴールデンレトリバー。


「そ、それは、えっと……」


 美希に問い詰められ、千尋は答えられずに目を逸らす。

 実は侑李が千尋の教育係であることを口外できないように、千尋もまた、侑李に勉強を教わっていることを漏らせないのだ。


 それに、たとえ口外が許されたとしても──


(い、言えるわけないじゃん! あの人に褒められたい……じゃなくて! えーっとえっと……。あー、もう!!)


「……千尋?」


 背を向けて、ぷるぷると震える千尋をうかがうと、振り向いて答える──両手の人差し指同士をツンツンとさせながら。


「……別に、美希ちゃんの言う通りやってみたら、その、効率が良いなと思っただけだし」

「…………………」 じ────っ。

「あの……、美希ちゃん?」


 美希はだんまりし、目を細めながら千尋の瞳を見つめる。何か臭うぞ、と探偵が疑いをかけるように──。

 けれど数秒後、彼女はニッコリ笑って、


「……もぉー、最初からそう言えばいいのに! 素直じゃないなぁぁ!!!!」

「ちょっ、もう! やめて! 頭、撫でないでぇ!!」


 わしゃわしゃと、両手で激しく千尋の頭を撫でた。

 美希は飼い主にじゃれる犬のように千尋に迫ることもあれば、素直じゃない猫を愛でる飼い主のようでもある。

 要するに、千尋のことが好きで好きでたまらないのだ。



 〇



「で? 昨日はどうだったの? 歳下の後輩とは」


 昼休み、侑李の前の空席に伊織いおりが腰掛ける。

 昨日のことへの質問に、侑李は弁当を食べながら淡々と答えた。


「……あぁ、なんとか上手くいったぞ。お前の言う通り、頭をポンポンってやったし。まぁ、結構恥ずかしかったが……」

「おぉ、それは良かっ……って、えぇっ!? マジでやったの? 頭ポンポン!」

「……やったって言っただろ? 恥ずかしさで死ぬから、これ以上は言うな」

「おぅ……」


(こいつ、意外と肉食系か? いや、妹に対してだからできたのか? きもっ、シスコン怖っ!!)


 平然とした侑李の口ぶりに、歳下のロリ体型の少女にはかなり肉食系となる怖いロリコンこと、伊織はあからさまに口元を歪ませる。

 ちなみに伊織はまだ『歳下の女の子=侑李の妹』だと思っている。


「そっかぁ、まさかお前が……。それで? どうだったの?」


 たとえ相手が妹だと思っているとはいえ、あまりにも侑李が積極的過ぎるので、伊織は興味津々になって侑李に迫った。

 すると侑李は頬を赤らめて、


「……小動物みたいに可愛くてびっくりした。ギャップっていうのかな? 普段はトゲトゲしてるのにさ」


(……は? あれ?? コイツの妹って、そんなやつだっけ? 普段から天使のように優しくて、あのロリ体型が俺の性癖に刺さる……じゃなくて、俺の好みのはずなのに!?)


 そこで、密かに侑李の妹を狙っていた伊織ロリコンは薄々気づき始める──侑李の言う『歳下の女の子』というのは『愛する妹』と同義の存在ではなく、伊織が知らない、単なる歳下の女の子ではないか、と。


「おおっ、お前! 騙したな!! 冠城侑李!!」

「は? 僕が? いつ??」


 もちろん侑李はきょとんとするが、伊織は声を荒らげ、理不尽を並べて捲し立てた。


「『歳下の女の子』とか『知り合い』とか『従妹いとこ』とか、お前が愛する妹の話をするときのカモフラージュだったんじゃないのかよ!!」

「は? いや、確かにそう……って、違う! あれも事実だし!!」

「はいはい、嘘乙。そんなことより、誰だよ!? 今回出てきた歳下の女の子って! 新キャラか? 俺の知らないところで、お前も歳下の女の子に目覚めたのか!?」

「キミと一緒にするな、歳下スナイパー」

「うるせぇ! 妹中毒が!!」


 犬はおろか、生きとし生けるもの全てが食わないであろう喧嘩が勃発。

 けれどすぐ、その区切りに伊織は溜め息を吐いて頭をガシガシと掻いて、


「あぁそうかそうか。じゃあ、とりあえず謝らせてくれ! 悪かった!!」

「……なぜ、謝る?」


 怪訝が度を越して、侑李は異様に眉を歪ませると──


「……俺、お前を騙してたんだ」

「騙してた?」

「あぁ、そういうつもりは無かったんだけどな!」


 伊織は侑李の顔色をチラチラとうかがいながら、恐る恐る口を動かした。


「……だって今回も、妹の話かなと思って、シスコンのお前なら容易いだろうって、調子に乗って言ったんだよ……。頭を、ポンポンってすればいいって……」

「は? えっ? ……そんな、嘘だろぉぉぉ!!!!」


 昨日出た伊織の答えの真理を知り、会って一週間も経たない相手に対してやりすぎな行動を取ったバカな自分を思い出し、侑李は未だかつて無い羞恥に襲われて頭を抱えた。


 ──……つ、次の問題できたら、あっ、頭ポンポンって撫でてあげようかなー……、なんて。


 そして、フラッシュバックした昨日の発言を客観的に捉えて、吐血しそうなくらい悶え苦しんだ。


「あぁぁぁ! 恥ずかしっ!! 気持ち悪っ!! 何だよ、伊織の助言を純粋に聞き入れて、『頭ポンポンしなきゃ!』というバカみたいな使命感を抱いた昨日の僕は!! 死ね!! あんなの、僕じゃない!!!!」

「おっ、落ち着け! 悪かったって!!」


 元はと言えば、勘違いした伊織が悪いわけだが、無自覚に勘違いをさせた侑李も、かなりでは無いが非はある。


 これに懲りた侑李はシスコンであることを否定しながらも、愛する妹の話をするときは包み隠さず話そうと、そして『頭ポンポン』などの、千尋へのオーバーなスキンシップは封印しようと決心した。

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