第11話 二人は突如、窮地に立たされる

「おぉ、おぉぉぉぉぉぉ……」


 初めて味わう強烈な痛みに悶え苦しみ、侑李はゾンビのような唸り声を上げて野垂れた。


「ち、千尋から離れてください! このこのケダモノ!! ナンパ野郎!! 尻軽クズ!!」


 突然現れた千尋のクラスメイト、煌星美希きらほしみきは、そんな侑李から千尋を遠ざけた。

 金髪ポニーテールにこのパンチの威力──間違いなく彼女はこの前、千尋のことを話していた女子の一人で、侑李たちの通う学校の空手部で全国制覇を果たした超有名人だ。


「おぅ、おぉぉぉぉ……」


 全国の猛者たちを唸らせた拳が腹に深く直撃し、侑李は立ち上がれない。

 ボクシングの試合ならば、一本取られるどころか、試合続行不可能の域。空手ならば反則で相手が即退場だが、この場にレフェリーなんていない。


「ちっ、違うんだ。僕は……」

「ナンパですよね? 嫌がる千尋に無理やり迫ったんですよね!?」


 痛みに苦しみながら侑李は美希を説得するが、彼女は聞く耳持たず。


「だから違うって。だって僕は……」

「言い逃れしても無駄ですよ?」

「いや、話を……」

「まだやりますか? もう一発殴りますよ?どこがいいですか?」

「で、できれば、この手の平で勘弁して──」

「ちょっと待って、美希ちゃん!!」


 拳を上げる美希を、千尋は背後から押さえた。


「ちょっ、千尋、何してんの!?」

「大丈夫、私は大丈夫だから!! ……てか、先輩は何リクエストしてるんですか!? 手の平でも死にますよ??」

「えっ、そうなの……?」

「ダメだよ、千尋! しつこくアプローチしようとする男子は撲滅しないと!!」

「だから大丈夫だって!! ほら? とりあえず。ステーイ、ステーイ……」


 美希の目をじっと見て、千尋は美希を落ち着かせた。


「……じゃあ、この人は?」

「えっと、この人は……」


 頭の中から、これだ!と思う最適解を取ってきて、目線を下に向けながら、


「……私の、従兄いとこだよ! うん!!」


 そんな千尋を、美希はじーっと見つめて、


「……嘘だよね?」

「えっ?」

「だって千尋が嘘つく時、目線が下に向いてるよね?」

「違う。これは──」


 バッと千尋が目線を美希に向けると、彼女はニヤリと笑った。


「まぁ、知らないんだけど(笑)」

「ふぇっ?」

「ところで、違うって何のことかにゃ〜??」

「ちがっ、違う!!」


 まんまと策に嵌められて、ついでに嘘をついている時の仕草まで知られてしまった千尋。煌星美希、恐ろしい子。


「そう、違うんだ! 僕は従兄いとこなんかじゃない!! この子とは、もっと遠い親戚なんだ!!!」


 そんな千尋をカバーすべく、侑李はなんとか誤魔化そうとする。が、しかし……


「いや、もう嘘だって分かってるんで。もう一度殴りますよ?」

「ちょっ、待て待て! 暴力は勘弁だ!!」


(やばい。どうすればいい!?)


 隠し通さねばならない秘密を迫られ、窮地に立たされた侑李。

 後ろを見ると、千尋がひどく困惑していた。


(くそっ、一先ひとまずは──)


「茨木!」

「ちょっ、先輩!?」

「逃げるぞ!!」

「ふぇぇぇ!!??」


 とりあえず美希から離れよう。

 今はこれが最善だ──ということで侑李は千尋の手を掴んで学校まで走り出した。


 どうせ逃げたって、学校で千尋が美希に迫るから無意味かもしれない。

 そんで千尋が口を割らなければ、教室はおろか、たとえ火の中水の中草の中森の中、どこまでも美希が鬼の形相で追いかけてきて、最悪は命の危機に瀕するだろう。


 それでも今は逃げるしかない、という答えしか出せないほど、侑李からかつてないほど冷静さが欠如していた。



 〇



「はぁはぁ……」

「先輩、ちょっと私、苦しいです……」


 美希から必死に逃げて、なんとか校門目の前までたどり着いた二人。そこで絶対王者と紅薔薇の令嬢、二人には絶望的な共通点が判明した。


「はぁはぁ、僕も、足が……」


 端的に言えば、二人とも運動ができない身体なのである。

 しかし、あくまでそれは狭義。

 広義的に見ると、どうやら二人が運動できないことには明確な理由があるみたいだ。


「足が痛いんですか? ……はぁはぁ、情けないですね。運動不足ですか? 引きこもり勉強オタク先輩」

「言ってくれるじゃないか、生意気な後輩め。キミこそ……運動不足じゃないのか? そんなんじゃ、大きくなれないぞ?」

「うるさい。私は昔から少し身体が弱いだけです」


 美希に追いかけられていることを忘れて、突然二人の会話は口喧嘩に発展した。


「あと言わせてもらうが、僕は運動などというものに割く時間を全て勉強にてている。キミは何に時間を充てているんだ?」

「なんですか、マウントですか? 自分はそれくらい本気で勉強してきたから、こうなりましたってアピールですか?」

「マウントではない。一応は事実だ」

「うーわっ、なんですかその嫌味な言い方は!」

「嫌味じゃない。キミこそ、もっと勉強に時間を割いたらどうだ??」


 足を動かしながらも、まだまだ言い合いを止めない二人。

 もちろん、走っているときに喋るとかなりの体力を消耗するもので──


「いいか? 人間、取捨選択ってのが大事だ。必要なもののために、要らないものは捨て──って、茨木?」


 突然、千尋が手を離して足を止めるので、侑李も振り返って足を止めた。


「はぁ、はぁ、はぁぁ……」


 見ると彼女は膝に手をついて、呼吸を乱していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る