第3話 ネコと和解せよ

目が覚めると目の前にグラサン(小)(中)(大)がいた。

  


「起きたんか? さっき嬢ちゃんも帰ってきたで。もちろん耳なしでや。今は疲れて寝とるさかい」

「ネコは……!?」


 がばりと起きると、グラサン(小)がテーブルを指した。


「なんとかかき集めたんや」


 そこには容量が1/2に減ったネコ鍋がいた。

 駆け寄り触るが反応はなかった。


「ネコ……大丈夫か!?」

「まだ意識混濁の状態や。こうなったらあれしかない。愛を示す時や」

「もしかして、キスですか」

「なにいうとんねん。ごろごろにきまっとるやろ。かつて戦いあったネコとヒトの間の信頼の示し方。ネコとの契約。虹みたいなもんやな」 


 言われたとおりに、ネコ鍋の下顎と思わしき場所を撫でる。

 いや撫でるというより、こねている感覚に近い。

 本当にこんなことでネコ(液体の姿)がネコ(固体の姿)になるのだろうか。

 半信半疑のまま続けていれば、ねちょっとしたさわり心地がぶにぶにと固くなっていき、やがては固体になった。

 

「ネ、コ……?」


 でもそれは鍋におさまった普通の黒ネコで、僕の求めていたネコとはまるで違った。不安げにグラサン(小)を見ると、だまって首をふった。



「それが本来のネコの姿なんや」

「もう黒くてぶよっとしたネコの形をかたどったかたまりには戻らないんですか。しゃべってくれないんですか」

「さっきのアレで力を使い果たしたんや。生きていることの方が奇跡に近い。それにな、あっちの姿やと多くの人間を混乱させ怖がらせてしまうんや。兄ちゃんだって最初はびっくりしたやろ?」


 そうだ。

 何事も大らかな彼女がいなければ僕はあのネコを捨てようとしたのだ。

 でも寂しい気持ちには変わらないと思っていたら、手を何かにぎゅっとされた。

 黒ネコは僕が手を止めたのを不満そうに見上げ、もっと撫でるよう催促するように両手で手を握っていた。

 それを見ればヌコだろうとネコだろうとどっちでもいいんじゃないかって思った。

 僕のそんな表情を察したのだろう。グラサンたちは席を立った。


「これにてわてらの出番は終わりや」


 帰ろうとする3人に、僕は1つ聞きたいことがあった。


「あの、もし……ネコとヒトの共生関係が崩れた時……一体どうなるのでしょうか」



 意識を失っている間、ある夢を見た。

 何もない真っ白な空間で僕はイヌー(僕の彼女の姿)と向き合っていた。


『我々は決して諦めない。すべてのヌコを駆逐するまで』

「どうしてそこまでネコを敵視するんだ?」

『共生とはお互いに益があるから成り立つ。けれどそれが崩れたときあるのは破滅だ。せいぜい心せよ、ヒトよ。ネコと和解するな』


 


 あの時イヌーの言っていた言葉が気になり、疑問を目の前の男にぶつければグラサン(大)の方が口を開いた。



「好奇心はネコを殺す……イギリスのことわざにあったのう。あんまり首突っ込んだらいけん。それにせわーない。そうならんようにワシらがおるんじゃけぇ」


 エセ広島弁だった。



 

 ネコはあれ以来黒ネコでヌコに戻ることはなかった。 

 ワガハイはネコであるなんて言わず、キャットフードを食べて、僕はまた資源回収日を忘れ古紙がどんどん積み重なっていく。

 彼女にはすべて話した。

 話終えた時、彼女が言ったことと言えば、ネコの毛艶が前よりよくなったわ、だけだった。


 イヌーの言っていた〝ネコと和解するな〟がちょっと気になって調べたところ、〝神と和解せよ〟と書かれた聖書看板に、神という文字の申をコに改ざんしたものが元ネタだった。

 

 一体あいつは何が言いたかったんだと疑問を抱えつつピクシ○百科事典をのぞき、思わず手がとまった。

 

 「偶像から真のネコに」

 「ネコは罪を罰す」 

 「ネコのさばきは突然にくる」 

 「終わりの日に人はネコの前に立つ」


 

 概要に並ぶ文言にぞわりと背筋を悪寒が走る。と同時に隣でふわっと風が起きた。

 黒ネコが机に飛び乗っていた。

 彼は僕の前まで歩くと、iPadと僕の手の間にすらっと入り込みごろんと転がった。

 

 「にゃあ」

 

 撫でて。

 ネコの要求どおり顎の下をくすぐれば目を細めごろごろ鳴き、僕は微笑する。 

 そうだ、色々考えても仕方がない。

 あいまいさと訳の分からないかたまり。

 ネコってそういう生き物なんだから。

 僕はネコとヒトの共生がいつまで続くことを願おう。ただそれだけだ。

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ネコ ももも @momom-

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