第2話 ヌコ

「擬態がとけとるやないけ」


 鍋に入ったネコを見て小さい方のグラサンがしゃべった。えせ関西弁だった。

 


 


 あの後決死の思いで扉を開けたら、出てきたのは名刺だった。


「川口くんから連絡いただきました。わて、ネコほぞん機関の所沢と申します。おおきに」

「へ……? あ……村上健太です。よろしくおねがいします」 


 グラサン男(小)とグラサン男(大)が同時にお辞儀をしてきたので、僕は反射的にお辞儀をした。どんな状況であれお辞儀にはお辞儀を。それは日本人の習慣であり宿命でもある。古事記にもそう書いてある。

 どちらが先に頭をあげるか我慢比べが始まり、根負けした僕が頭をあげると、グラサン(小)も顔をあげにっこりした。


「ほな、ネコを見せてもろてもええか?」 

「あ、はい」 

 

  

 そうして家にあがってもらい、テーブルに鎮座するネコ鍋を見た彼の第一声がそれだった。




「擬態ですか。擬態って、虫が枯れ葉や木の枝とかに姿を似せるやつですよね」


 ネコ鍋の置かれたテーブルの向かいにグラサン(小)とグラサン(大)が座り、ずずっと麦茶をすする。なんだろう、このシュールな絵面。


「せや。なにかの拍子にひょっこり擬態がとけてまったんやろな。たまにおるんですわ」

「つまり彼の正体は、ネコではない何かなんですか」

「せやで。でもこのネコだけじゃありまへん。今世界では約6億匹のネコが飼われちょるが……ああ、ここにおけるネコっちゅうんはイエネコのことやが、それがみぃんなネコに擬態した元・地球外生命体なんや」


 いきなり飛び出たトンデモ話にさすがに納得しかねるわーというオーラをだしていたらグラサン(小)はぐいっと顔をつめてきた。


「そもそもネコって生物に疑問を持ったことはないんか? ネコ飼っている人あるあるがあるやろう。たとえばぐっすり眠っていたかと思いきや急に目覚めて猛ダッシュしたり、何もない空を見つめていたりとかや」

「それ、ネットで見た覚えがありますけれど、どこかと通信しているからだとか。あとネコが自分の背丈より何倍も高いところから落ちても着地できるのは反重力を使っているからとか」

「そこらへんはすべて真実ですわ」


 まぢかよ。


「人間ってのはえらい昔から生き物を魔改造してきましたわ。毎日20リットルもの牛乳を生み出す牛、年間290個の卵を生む鶏、イヌなんて最たるもので900gのチワワから100kgのグレートデンまで同じ種とは思えん幅の広さや。でもネコだけはあてはまりまへん。ネコだけがほぼそのままの形質を脈々と受け継いできましたわ。これはネコがオリジナルの個体を維持して擬態してきた証拠に他なりまへん」


 たしかにそうだ。

 ゴールデンレトリバーぐらいの大きさのペットのネコだっていてもいいはずなのに、この世の中には両手でおさまる大きさのネコしかいない。長毛種はいるがそれは環境への適応だろう。

 それに、イヌグッズよりネコグッズの方がはるかに多いのは、イヌは多種多様すぎて、チワワ好きはチワワのグッズを、ダックスフンド好きはダックスフンドのグッズしか買わない一方、ネコには普遍的なイメージがありネコ好きはネコという種そのものを愛するからとか聞いた覚えがある。

 


「でもネコが地球外生命体の擬態した生き物だとしたら、どうしてそんなことをしているのですか?」

「始まりは1万2千年前。宇宙からその地球外生命体――ヌコが地球に降り立った。彼らの目的は新たな土地の開拓。当然、地球のものらは黙っておらず戦争が始まった。争いは熾烈を極め、かつて太平洋上に存在していたムー大陸は一夜にして海に沈み、神々は蹂躙された。ヒトもヌコも甚大な被害を受け勝利者はおらんかった」


 彼は一息ついて、再び口を開いた。


「ある日のこと、戦いにより荒れ果てた大地で一匹のヌコがボロボロに傷つき今にも死に絶えそうになっとった。そこへリビアヤマネコが通りがかったんや。イエネコの祖先と言われているネコやが、ヌコはそのネコの優美で気高い姿に一目惚れした。もし死ぬならば最後にあのような姿になりたいと願い彼は擬態し気を失ってもうた。再び目覚めたとき、彼は治療をうけたあとやった。ヒトがネコになった彼を拾ったんや。彼は逃げようとしたがまだろくに動けなくっての。そこへヒトがヌコの顎をこちょこちょと撫でたんや。最初はとまどった彼も、その心地よさにうっとりとなってこのままでいっかぁと感じて、そのままネコになることを選んだんや。それがきっかけとなり池に落ちた石が水面に波紋をつくるように、次第にヌコは次々とネコになっていき、やがて大きなブームになった。彼らは戦いをやめ、ヒトとの共生を選んだんや。そうしてイエネコの祖になり今があるんや」


 なんという真実だろう。

 スピルバーク監督かギレルモ監督に映画化して欲しい。 

 若干フェイトっぽくもないが些細なことだ。


「どうしてそんな話を僕に?」


「それわな、兄ちゃんにこの真実を伝えてもなお、このネコと暮らしていけるか問いたかったからや。もし怖いおもたら連れ帰るけぇ、わてとしてはどっちでもええ。どないする?」



 ネコとの数々の思い出がよみがえる。一緒に夜通しドン勝つ目指したり、怪異と遭遇したときは食べてもらったこともあったっけ。もう彼なしの生活なんて考えられなかった。 



「僕はネコと一緒に暮らしていきたい。その気持ちは変わりません」

「ならすることは1つや。それは――」


 グラサン(小)が口を開いたまま、ばっとテレビを見た。

 つられて見た瞬間、バチッと音をたてテレビの電源が点いた。


『こんにちは、愚かな人間ども』


 画面に女性がどアップで映し出されドスのきいた声でしゃべりだしたが、僕はテレビを見つめたまま口をあんぐり開けるしかなかった。

 さきほど会社に行ったはずの、僕の彼女だった。

 しかも、頭にイヌ耳があり耳が4つある状態だ。


「いや、なんで?」

「兄ちゃんの知り合いか?」

「僕の彼女のはずなんですが、なんかイヌ耳生えてますね」

「そら、ご愁傷様や。今、彼女はイヌーに乗っ取られちょる」

「イヌー……?」

「地球外生命体であるヌコへの危機感をつのらせたイエイヌの集合的無意識によって生まれた抑止力や」


 やっぱりフェイトじゃん。

 

『ご名答。我々はイヌー、イエイヌたちの希望より生まれしもの』

「何がイヌーだ! バンブーエルフとかパワーアントワネットで盛り上がってそうな界隈の名前しやがって! 俺の彼女をどうした!」

「意識の奥底で眠っている。我々の敵はあくまでヌコだ。別に危害など加えん。ちょっとその体貸してくださいませんかと聞いたら『いいわよ~』とすぐに譲り渡してくれたぞ」


 うん、あの子ならしそう。


「一体、何が目的だ!」

「お前がヌコの擬態が不完全にとかれたまま1年も放っておいてくれたおかげで、擬態をとくメカニズムが解明されたのでその礼をしにきたのさ。見るがいい、空を」


  

 ベランダから空を仰ぎ見ると、雲の合間に黒い点が出現していた。

 小さな雲では隠せないほどの大きさで、クリスタで線画の太さ変更を間違えて、どんと●がキャンパスに出現したようだった。

  


「なんやあれ!」 

 


 グラサン(小)が叫ぶとイヌーのくくっと笑った声が聞こえた。


『ぬこぬこにしてあげる♪装置だ。あれがはじけた瞬間、世界中のイエネコの擬態がとけてヌコになる』

「なんちゅうことを! そんなことしたら世界中が混乱に陥るやないけ! なんでこんなことするんや!」

「ネコを今の座から引きずり落とすためさ」

「なんやて!?」

「イエイヌは1万5000年以上前から友として家族としてヒトとともにある。狩猟犬や盲導犬や麻薬犬など様々な分野でも我々は優秀だ。たいしてネコといえばネズミを狩る能力の一点のみで、現代ではまるで役に立たないではないか。あまつさえヒトを見下した態度だってとる。だというのに今の現状はなんだ? どうしてネコの飼育頭数はイヌの3倍なんだ? どうしてミュージカルキャッツはあるのにドッグスがないんだ? どうしてキャットフードの方がドッグフードより高いんだ? この差別はなんだ? ヒトが我々優秀なイエイヌよりも食費だけかさむネコを飼う理由とはなんだ? 答えよ、ヒトよ!」


 イヌー(僕の彼女の姿)が僕の方を見た。

 ヒトがネコを飼う理由?

 我が家のネコは、資源ゴミを食べてくれる点で他のネコとは一線を画している。でももしこの能力がなかったとしたら? それでも僕はネコとありたい。でもその理由ってなんだろう。分からない。いいや、違う。それでいいのだ。頭の中でぱぁと光がさした。

 まさにそれこそが答えなのだ。

 


「ネコを飼うのに理由なんてないさ。だってネコは……ただそばにいてくれるだけでいいんだ!」


  イヌーは一瞬きょとんとした顔をすると、忌々しげに舌打ちをした。

 

「ハッ! ネコの下僕となった愚かなヒトよ! くたばれ!」


 テレビから閃光が僕に向かって放たれる。 

 あ、これだめなやつだ。

 最後の晩餐はカレーだったなと思い馳せながら僕は目を閉じて最後の時を待った。

 けれど何も起きない。恐る恐る目を開ければネコ鍋が僕の前にぷかぷか浮いていた。


「そこまで言われたら、ワガハイが動かないわけにはいかないだろう」

「ネコ! 動いて大丈夫なのか?」

「なに、スリープモードが解除されただけだ。寝ている間にちと面倒なことになったようだがな」

 

 ネコがテレビの方をじっと見つめると、イヌーはせせら笑った。


『なにもかも貴様のおかげだよ。もうじき我々の悲願が達成される。おとなしく並盛りのまま指をくわえているがいい』

「そうもいってられんよ。すべてはワガハイの責任にある。他のヌコたちとの意識統合はすんだ」

『今更何ができ……』


 プツンとテレビが消えた。

 手動で電源を消すと、ネコはくるりとこちらに向き合った。

 

「ヒトよ、一つ頼みがある。この戦いがおわったらコタツとやらを買ってくれ。一度潜り込みたいのだ」

「いいよ、今からでもすぐにニトリで買ってくるよ……。だからそんな死亡フラグを立てないでくれよ……今にも辞世の句を詠みそうな雰囲気をださないでくれよ……」



 ネコは何も言わず、尻尾を2本から6本に増やした。

 何が言いたいのか分からない。いや分かりたくない。 

 ネコを止めようと伸ばした手は届かず、かすっただけだった。


 ネコはベランダに踊りでてふわっと浮き体勢をととのえると、ぎゅんと音をたて空へ向かっていく。

 速度をどんどんあげやがて一筋となり、一直線にぬこぬこにしてやる♪装置に向かっていく。



「我がネコ生に一片の悔いなし!!」


 遙か彼方の空で、黒い球体に亀裂が走ったと思った瞬間、大きな爆発音がとどろいた。

 空いっぱいにあたりに光がふりそそぐ。

 光は放射状に広がりまるでオーロラのようであった。 

 


「ネコーーーーーーーー!!」

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