最終払 自慢の息子より
後日。
顔見知りの墨卸の男がやってきたとき、クロシュの手元には墨が無かった。
ラランセラの墨は半分ほどがダメになっていたし、逃げ散った四匹は逃げたまま。
その後に追加の海龍が来ることも無かった。
辛うじて親玉の中に残っていた墨に高値が付いたので、なんとか舳先の折れたカヌーの修理代が出たくらい。
カツカツだった。
今シーズンは、自分で漁に出て食料を調達しなくてはならないだろう。
「今年は海龍が少なくてねえ。どうしちゃったんだか」
と言うと、初老の墨卸は何とも言えない複雑な顔をする。
「それがなあ、今日は言付けを届けに来たんだよ」
「言付け?」
「怒らないで聞いてくれ」
クロシュが首を傾げると、墨卸は落ち着かない様子でズボンの腰のあたりでしきりと手を拭うのだった。
「話が見えないけど」
「クロシュさんよ、絶対に怒らないでくれな。オレは言われたままに繰り返すだけだから」
墨卸は自身の頭と胸と爪先、つまり三柱の龍神たちの宿る場所をとんとんと叩いてから、こう切り出す。
「えー、くそババア」
「むっ」
「なあ! 本当に聞いたままだからな、オレの言葉じゃない」
「分かってる分かってる。続けて」
「殺しても死ななさそうだから大丈夫だと思うが、仕送りをする。あの緑の
墨卸は酸欠でぜいぜいと肩で呼吸をした。
一気に喋るからである。
「あんた、よくその長い台詞を覚えたわねえ」
「覚えないと殺すって言われたからだよう。でも覚えてもクロシュさんに殺されそうだったから、オレぁ辛くて辛くて。怒ってないな? な?」
泣きそうな顔をした墨卸の背中をクロシュはばんばんと叩く。
「怒ってないよ。ありがとう。うちの息子は照れ屋なんだ」
「息子だって?」
「うん。自慢のね」
ぽかんとした表情の墨卸を見て、クロシュはからからと笑った。
(了)
アルマナイマ博物誌 龍蟲払 東洋 夏 @summer_east
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます