第58話ー⑤ 西部軍管区防衛作戦『ジプソフィラ』

 九月一三日一六時二一分

 西部軍管区

 首都星ケーファー

 センターポリス宇宙港


「閣下、ご無事でなによりです」


 センターポリス宇宙港に降り立った柳井を出迎えたのは、第一インターステラー連合との第一回目の協議を終えたマルテンシュタインだった。


「マルテンシュタインさん。こちらに来ていたんですか」

「今朝方こちらにつきまして。あとから食事でも」

「デートのお誘いとは熱心なことで」


 柳井が笑うと、マルテンシュタインは肩をすくめた。


「まあ、たまには閣下と膝を突き合わせるのもいいでしょう。この後のご予定は?」

「先に西部方面軍司令部に用事があるので、ついでなのでマルテンシュタインさんも来ませんか?」



 一六時四五分

 西部軍管区司令部

 司令長官執務室


「小官の不手際で、閣下のお手を煩わせました。また陛下の剣であり盾でもある近衛を動員するなど、いかような処分を下されても仕方の無いこと。しかしながら、西部軍将兵の奮励努力は認めていただきたく……」


 戦闘指揮を執っているときとは打って変わって、弱気なカンバーバッチ元帥だった。


「ジプソフィラ作戦は大成功だったと、私は判断しています。陛下は西部軍の精強さを大層お喜びでした。カンバーバッチ元帥の統率に何ら不安は無いとのお言葉を賜っております。後日、正式に感状が出されるかと思います。従軍した将兵への論功行賞については、西部軍に任せるとのことです」


 すでに帝都にはインペラトール・メリディアンⅡ経由で戦闘の子細が報告されており、皇帝も満足げに報告書を読み、柳井に先の言葉を伝えていた。


「ところで、侵攻してきた敵軍の構成について気になる点がありました」

「気になることですか?」


 カンバーバッチ元帥は、自分の手元のパネルを操作して、執務室の大型モニターに資料を表示させた。


「降伏した数隻の艦艇を調べましたところ、第一インターステラー連合の所属艦艇の比率が著しく低いことが判明しました。全体でも一〇隻に満たないと、情報部が申しております」


 第一インターステラー連合は、西部軍管区に接する辺境惑星連合セクトの中でも、汎人類共和国に次ぐ規模を誇る。それなのに二〇〇隻を超す艦隊で一〇隻程度というのは、あまりに少なすぎた。


 艦隊編制表には所属するセクトの名も併記されており、これを信じるなら大半は汎人類共和国の艦艇で構成されていた。


「捕虜を尋問しても同様の回答だったと報告を受けています。第一インターステラー連合が兵力供出を渋ったように、小官には思えますが」


 カンバーバッチ元帥の見立てには柳井も同意するところだった。


「どう思う、外協局長」

「帝国と連合双方への義理立て、と見るのが自然でしょう。正式な和議はまだとはいえ、我々帝国に対して攻撃的な姿勢は取りづらい。かといって、不自然に消極的では連合に対する裏切り行為だと非難され、最悪の場合は武力侵攻を招きかねない……中々苦労を偲ばせるものですな」


 マルテンシュタインの見立てを聞いて、柳井も連合側担当者の気苦労を思いやった。


「しかし一〇隻では出さないのと変わらないのでは?」

「代わりに物資類、特に不足しがちな反物質燃料を多めに出したとか」


 現代において、宇宙艦船の動力源は反物質燃料を用いた反応炉が一般的で、核融合炉はその補助に過ぎない。超空間潜行、重力制御に慣性制御は莫大なエネルギーを消費することでしか実現されないからだ。


 わずか一グラムの反物質燃料は、都市を一発で破壊する熱核弾頭に匹敵するエネルギーを放出できるが、それさえも、超空間潜行を行えばあっという間に消費される。


反物質燃料の生成方法は、様々な案が検討されたが、結局巨大な加速器を多数稼働させることでしか生成できず、巨大なプラントが必要になる。


 辺境惑星連合の中でも、特に第一インターステラー連合は、反物質燃料の生成量が他の連合構成体よりも多いと帝国私掠船団や帝国軍情報本部の調査でも明らかになっており、マルテンシュタインが政治情勢以外にも主義派と並べて和平の相手に選んだ理由でもあった。


 反物質燃料の供給が途絶える、あるいは不足すると言うことは、星間航行が十分にできないだけでなく、実用上、現実的な時間で到達可能な距離、つまりごく短距離でしか運行できないことになるし、戦闘艦を動かすこともできなくなる。


「しかし、宰相府で進めているという連合構成体との和平締結、実際のところどうなのです?」

「今のところはなんとも。陛下は最悪連合体同士に相互不信の種をまければいいとお考えだと思います」


 カンバーバッチ元帥の問いに、柳井は率直に答えた。


「相互不信の種、ですか……帝国領内に攻め込まれるくらいなら、互いに争わせてやろう、ということですね」


 あけすけなカンバーバッチ元帥の言い方に、柳井は苦笑するしかなかった。


「そういうことです、元帥」

「閣下……だとするならば、和議など結ばず最初からそれでいいのでは?」

「連合構成体と和平して、おそらくその後は同盟を結ぶことになる。となれば、まず攻められるのは元連合構成体の領域になる、と分析しております」

「マルテンシュタイン局長、それはどういう意味で?」


 マルテンシュタインが元帥に答えると、元帥は呆気にとられたような顔をしていた。


「辺境惑星連合はイデオロギー先行型の政治体制なのです。反帝国の旗の下に集った、正統な地球政府の末裔と自分たちを位置づけています。そういう組織は、得てして裏切り者に対しては厳しいもの。それは歴史が証明しているのでは?」

「……戦場を帝国領内から押しやるという点では同じ、ということですか」


 元帥はなるほどと頷いていたが、マルテンシュタインは更に続けた。


「しかも、連合構成体の数百億の人口、数十の植民惑星は莫大な市場になることが考えられます。同盟といいつつ、実際には経済力と文化により、帝国化を推し進めることもできる……それが、陛下にとっての最良シナリオと言えます」

「手法を変えた拡大政策、というわけです。帝国の国是に逆らうこと無く、帝国辺境部の安定を目指すというのが、陛下の構想です」

「なるほど……」


 マルテンシュタインと柳井の説明に、カンバーバッチ元帥は考え込むようにテーブルの上のコーヒーカップを見つめていた。



 一七時三二分

 レストラン・マスダ


 センターポリスでも有名なレストランは、マルテンシュタインの名前で貸し切りの予約がされていた。


「貸し切りにするとは、よく予約が取れましたね」


 柳井の前には無国籍の家庭料理が並んでいた。周囲のテーブルには誰も居ないが、店の周囲はビーコンズフィールド准尉が率いる宰相護衛隊が展開している。


「戦況予想の勘が錆びていないのが分かって安心しましたよ。でなければ、これだけの料理を全て自分で食べることになりましたから……それでは、戦勝を祝して」

「和平協議第一回目の終了を祝して」


 柳井とマルテンシュタインはグラスに注ぎ合ったビールを掲げて乾杯した。この二人はどちらも高級フレンチのコースなどより、家庭料理を好む点で一致していた。


「しかし、西部軍管区の防備は比較的薄いことが敵にもバレてしまいましたね。閣下はジプソフィラは成功だと仰ったが、本心からですか?」

「機動戦にも限度がありますからね。十二分な成果と見るべきです」


 二人は鶏肉の串焼きを食べながら、ジプソフィラ作戦と第一インターステラー連合との和平協議について話し合った。


「結果的に敵別働隊、いや、主力部隊の殲滅はヴィオーラ公国領邦軍が行ったようなもの」

「近衛が偶然、先に敵を捕捉しただけですよ。西部軍の哨戒網にかかるのも時間の問題でした……カンバーバッチ元帥はよくやっていますよ」


 柳井は自分とマルテンシュタインのグラスにビールを注いで、自分のグラスを一気に煽った。


「採点が辛いのは、やはりマルテンシュタインさんが東部軍と戦っていたからでしょうね」

「ま、私は転向した身ですからね。私を拿捕したグライフ元帥と比べてしまうのは仕方ないことです……第一インターステラー連合は、主義派と比べるとどこか壁がありますね」

「第一インターステラー連合は、主義派ほど構成体内部事情が困窮していないのでしょう」

「困窮していないときは、安心して政争に勤しめるから、だと?」

「マルテンシュタインさんは、辺境惑星連合がイデオロギー先行型の政治体制と言ったでしょう? 内ゲバできるのは闘争にそれほど熱が無いからだ、と私は思うのですが」


 柳井の考え方は的を射るものだった。元々ここ半世紀ほど第一インターステラー連合は対帝国武装闘争路線に積極的では無いが、それは連合構成体内部での政争が続いているせいだった。


「連合代表は今年で在任三期一二年になるようです。今のところ政争には打ち勝っているようですが、それもいつまで続くやら」

「和平に乗ってきたのは、今の代表が在任中にこぎ着けたい、というところですか」


 マルテンシュタインは牛スジ肉の煮込みを頬張ってから答えつつ次のビール瓶を手に取り、柳井のグラスを満たした。


「あるいは、今の代表を引きずり降ろしたい勢力かもしれませんがね」

「なるほど。どちらの勢力か知りたいところですね。私掠船団に調べさせましょう」


 柳井はスーツの懐から手帳を取り出して、私掠船団への依頼について書き付けた。


「本来なら内務省外事課の仕事なのでしょうが、彼らの秘密主義では必要な情報をこちらに流すか怪しい」

「閣下の内務省不信は筋金入りですな。まあ、内側の監視を行う組織というのは概してそういうものですが」


 先日のバーウィッチ自治共和国での一件以来、一応は内務省、特に公安系組織への認識を改めようとしていた柳井だったが、根付いた不信感はそう簡単に払拭されるものではない。また、私掠船団は皇帝直轄の事業になっているため、統制が効きやすいし、会社艦隊が運航しているのも柳井にとっては心情的に信頼しやすい部分があった。


「……まあ、小難しいことはそろそろ抜きにして、食事をしよう」

「おや? たかだかビール二本で酔っ払うほど弱い御仁とは思わなかった」

「いや、ビールは腹が膨れるので……」


 そう言うと、柳井は卵焼きを頬張り、満足げに頷いていた。


 この二時間後、柳井とマルテンシュタインはインペラトール・メリディアンⅡに戻り、一路帝都への帰路についた。

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皇帝陛下の懐刀――帝国宰相・柳井義久 山﨑 孝明 @tsp765601

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