第58話ー④ 西部軍管区防衛作戦『ジプソフィラ』
九月一一日〇九時四三分
西部軍管区
第一〇四五宙域
恒星ムトゥンガ589近傍
巡洋艦セレンゲティ
艦橋
「艦長、現在の状況は?」
「第八八〇宙域、アサンテ533星系で近衛分遣隊が戦闘状態に入りました」
「また宰相閣下の悪い癖か」
艦長の報告を聞いたマルテンシュタインがにこやかに言うのを、艦長は怪訝そうな表情で見ていた。本来帝国宰相と言えば皇帝の重臣中の重臣、マルテンシュタインからすれば上司でもある。その宰相が最前線に出ているというのに、この男は何を考えているのだろう、と。
「増援はいるんだろう?」
「すでに護衛隊、遊撃戦隊が当該宙域に到着している模様。戦場での合流もすぐでしょう」
「なら問題ないな」
「それはそうですが……」
「今日の協議もいつも通りのスケジュールで行う。周辺警戒だけよろしく頼む」
「わかりました」
マルテンシュタインが艦橋から出ていくと、艦長は右舷に接舷している"敵艦"の姿を見て、何の策謀かは知らないが、これなら前線部隊にいるほうが気が楽だ、と考えながら溜息を吐いた。
同時刻
第八八〇宙域
アサンテ533星系
第五惑星近傍宙域
インペラトール・メリディアンⅡ
艦橋
「右舷第三二センサーアレイ大破!」
「左舷第三補助スラスター全損!」
「シールドを艦首に集中させろ! 回頭九〇! 重荷電粒子砲用意!」
絶え間ない敵艦隊からの砲撃に、インペラトール・メリディアンⅡの艦橋では被害報告と反撃指示がひっきりなしに響いていた。
「今回もこんな戦いをさせることになったか……」
「何、今回は時間稼ぎとはいえ味方が来るのは分かっていますので」
柳井のぼやきを拾った艦長のブロックマイヤー大佐は気楽そうに言う。ブルッフハーフェン事件ではいつ味方が来るか分からなかったが、すでに柳井の手元のモニターでも、浮上してきた各部隊の信号が確認出来た。
「第一〇〇三、一〇〇四、一〇〇六遊撃戦隊です。敵艦隊後方に回り込む模様」
水際立った動きで敵艦隊の後方に回り込んだ遊撃戦隊を見て、柳井は誰も見ていなければ拍手でもしたい気分だった。
「いい動きだ。東部方面軍より実戦経験が少ないとはいえ、普段の演習の成果か」
「前任のカサルス元帥も演習の鬼と呼ばれておりましたが、それを引き継いだカンバーバッチ元帥もすごいものです」
ハーゼンバインが出してきたデータを見て、柳井は演習メニューの多彩さと実戦形式演習の多さに舌を巻いていた。東部方面軍の実戦データを元にして組まれた演習の成果が今、存分に発揮されているのが、今目の前で繰り広げられている戦闘の推移からも明らかだった。
「戦域後方に新たな重力震! 艦隊規模です!」
一瞬、その報告にメリディアンⅡの艦橋が静まり返った。ここで敵の新規兵力投入となれば、現在展開中の部隊を一旦撤退させる必要が出てくる。
「識別信号受信。ヴィオーラ公国領邦軍艦隊。旗艦のインディファティガブルより通信です」
『宰相閣下、遅参をお許しください』
「なにを仰る。真打ちは遅れて登場するものでしょう?」
『ともかく、目の前の脅威を排除して、カンバーバッチ元帥の初出陣に華を添えるとしましょう』
〇九時五八分
ヴィオーラ公国領邦軍艦隊
旗艦インディファティガブル
艦橋
艦隊司令長官のシェフィールド大将が、司令官席から立ち上がってマイクを取った。
「さあ! 宰相閣下の御前である! また領主代理閣下のご婚儀の直後ということもある。無様な真似はできないぞ!」
意気揚々と告げた司令長官の言葉に応え、司令部員、艦橋要員が
「しかし、宰相閣下にはすでに先の動乱で、我々の戦いはご覧に入れていると思いますが」
一人冷静だったのは、艦隊参謀長のマッカーサー中将だ。やはり年若いシェフィールド大将とは親子ほどの年の差だが、参謀長も自身の上官の能力の高さは認めるところで、足りない慎重さを補うのが自分の役目と考えていた。
「参謀長、正面から砲撃戦を行うだけでは、船乗りの名折れと思わないか?」
「機動戦こそ我らが本領。それもその通りですな。直ちに敵艦隊殲滅に入ります」
現在帝国側の戦力は、近衛艦隊と三つの遊撃戦隊、領邦軍艦隊を併せても戦艦四、巡洋艦四〇、駆逐艦五六隻と、辺境惑星連合軍を僅かに下回る程度の戦力だった。
「敵艦隊上方から攻撃を掛けて攪乱し、敵陣突破後反転して近衛、遊撃戦隊各隊と包囲して殲滅。各艦、戦隊ごとに密集隊形で突撃せよ!」
シェフィールド大将の号令と共に、ヴィオーラ公国艦隊が一気に加速して敵艦隊に迫る。すでに前方の近衛、後方の遊撃戦隊からの攻撃に対処していた辺境惑星連合軍艦隊は、三方からの攻撃にパニックに陥ったように動きを乱した。
これも近衛艦隊他、展開中の部隊が緊密な連携を取れてこそだった。
「敵陣を突破。脱落艦はありません」
参謀長の報告に、シェフィールド大将は満足げな笑みを浮かべた。
「結構! 反転一八〇度! 距離を取りつつ敵艦隊への攻撃を続行せよ!」
一〇時三二分
インペラトール・メリディアンⅡ
艦橋
「シェフィールド提督は中々大胆ですね」
「陛下の指揮よりは常識的に見えるが」
艦長が驚いたような目で戦況図を見ているのを、柳井は逆に意外な目で見ていた。そもそも近衛はこれより大胆な敵陣強行突破して大回頭、重荷電粒子砲斉射という強攻策を皇帝親征の際に行っている。
「麻痺してますよ閣下。国防大学校の戦術演習であんな動きをしたら、後で教官室に呼び出されます」
「なるほど。私もまともな戦場など帝国軍在籍時だけで、あとは民間軍事企業でボロ船をやりくりしてなんとか凌ぐようなものだったから……一応戦術演習は国防大でやったんだが、そういえばこんなことはしなかった」
言われてみて、柳井はよくも自分が今まで死なずにいたものだと感心した。民間軍事会社の職務中の死亡率は、軍人を除けば他のあらゆる職業と比べものにならないほど高い。
「まあ、常識だけで戦闘が成り立つのなら楽な仕事ですがね……」
「艦長、シェフィールド提督より、重荷電粒子砲の発射要請です」
「わかった。アドミラル・ランドルフは?」
「いつでも行けるとのこと」
「わかった」
柳井は順調に推移する戦況を見つつ、もう一つの戦場の様子も観察していた。カンバーバッチ元帥率いる西部軍主力も、いよいよ膠着状態を打破するために動き出しているころだった。
一〇時四五分
第八七九宙域
自由浮遊惑星ERPー14032ー32近傍宙域
第六艦隊
旗艦アドミラル・カリーム
艦橋
「閣下、第八八〇宙域の戦闘も片付きそうです」
「ヴィオーラ公国領邦軍も到着したなら、そうなるだろうな。惑星を挟んでのにらみ合いにも飽きた。そろそろ仕掛けるとしよう!」
元帥が立ち上がり、戦況を映す多目的戦術ディスプレイ上の艦隊のアイコンを動かす。敵艦隊と西部軍主力は、惑星を挟んで誘導弾や小規模部隊による攻撃を挟みつつ、ほぼ膠着していた。
「誘導弾発射準備! 同時に、全艦極超短距離潜行用意!」
「しかし閣下、この軌道からの潜行は危険です」
超空間潜行は、本来大規模な重力源、つまり惑星や恒星の近傍では行わないのが通常だった。超空間から浮上する際、重力井戸に引きずられて浮上ポイントが大きくずれることが予想されるからだ。また、極超短距離潜行の場合、ライナー・佐川パラドックスとして知られる超空間潜航のジレンマのせいで、本来超空間潜行は超光速航法であるにも関わらず、一光秒の移動に三分ほどを要するなど、移動距離に反比例するように移動時間が延びる現象を生じる。
そのため、通常なら一光秒以下の超空間潜行は行われないのだが、今回は敵味方の位置を変えるために、カンバーバッチ元帥はリスクを取ることにした。
「惑星から離れる方向ならリスクは最小限だ。誘導弾を回避しようと、敵は軌道を上げるか超空間潜行で逃げるか、迎撃のために留まるか、いずれかの選択をするはずだ」
元帥の作戦は、ともかく今の膠着状態は巨大な惑星を挟んでいることに起因しているわけで、敵味方の位置を変更することで戦局を動かすことが目的だった。
「敵があくまで惑星にしがみついているならそれでもいいし、ここを離れるのなら捕捉撃滅すればいい」
「わかりました。安全距離を算出。各艦戦隊ごとに潜行させます」
「頼む」
五分もしないうちに、アドミラル・カリームのメインフレームが惑星ERPー14032ー32の重力勾配と各艦艇の機関出力などを考慮した浮上ポイントを算出した。
「閣下、各艦に浮上ポイントおよび潜行順序の共有、完了しました」
参謀長の言葉に、元帥は頷いた。
「各艦作戦開始!」
「全艦誘導弾射出!」
「急速潜行! 各艦指定順序で潜行開始!」
アドミラル・カリーム以下、各艦艇が誘導弾を発射。同時に超空間に潜没していく。極超短距離潜行は機関や船体に掛かる負荷が高い。アドミラル・カリームのような戦艦でも、船体が軋む音が艦首から艦尾まで響いていた。
「まもなく浮上ポイントです……浮上ポイント到着!」
「急速浮上!」
今度は超空間から通常空間へと浮上を開始すると、再び艦全体がミシミシと音を立てている。参謀長は元帥の傍らで、緊張した面持ちを崩さなかった。
「君がそんな顔をするなんて珍しいな、参謀長」
「いつ聞いてもこの音には慣れません」
「だろうな。私もだ」
そうは言うものの、元帥は余裕綽々といった表情で、司令長官席に座っていた。さすがは元帥ともなると胆力が違うのだな……と、参謀長は感心していた。カンバーバッチ元帥は自己評価が低く、普段は遠慮がちにものを言う大人しい人物と見られていたが、実戦に出れば一転、猛将としての一面を見せる。
アドミラル・カリーム以下西部軍主力艦隊は、惑星から二〇万キロ、敵艦隊を上方から狙える位置に浮上した。
「見えました! 誘導弾の着弾、および迎撃の閃光を確認!」
「惑星低軌道にへばりついていたか! こちらに気付いた様子は?」
「迎撃で手一杯のようです」
「ならば結構! 戦艦隊、全艦重荷電粒子砲斉射用意……撃て!」
誘導弾の雨あられに晒された敵艦隊の動きは、西部軍主力の動向を捉えるまでに若干の時間を要した。前方から降り注ぐ誘導弾、上方から浴びせかけられた重荷電粒子砲の束に敵艦隊の半数がほぼ一瞬で消滅した。
「全軍突撃せよ!」
二日にわたって繰り広げられた戦闘は、元帥の突撃の号令から三〇分で勝敗が決した。敵艦隊の残存艦艇は一〇隻程度で、これらの降伏を持って、惑星ERPー14032ー32沖会戦は帝国軍の勝利によって幕を閉じた。
同時刻、アサンテ533星系会戦も辺境惑星連合軍艦隊が二隻戦域を離脱したものの、ほぼ殲滅が完了。西部軍管区防衛作戦『ジプソフィラ』はその作戦目的を達成したのであった。
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