第58話ー③ 西部軍管区防衛作戦『ジプソフィラ』

 一五時三一分

 西部軍管区

 第一〇四五宙域

 恒星ムトゥンガ589近傍

 巡洋艦セレンゲティ

 作戦室


「第一インターステラー連合としては、早期の和平合意はやぶさかではない。しかし明確にしておきたい条件があります」

「安全保障、でしょう?」


 マルテンシュタインに言われた第一インターステラー連合外交部長は、微笑みを返した。


「閣下は話が早くて助かる。第一インターステラー連合は、この西部軍管区に接する我ら辺境惑星連合構成体の中では、汎人類共和国に次ぐ規模を持ちます。とはいえ、残りの構成体相手に優勢は維持できません。帝国と和平など結べば、当然攻撃を受けるでしょう」

「それならば、連合に属しておく方が有益なのでは? 帝国は今の皇帝であるうちは、辺境の賊徒討伐などということはないですし」


 マルテンシュタインがあえて突き放した言い方をしたのは、第一インターステラー連合側の前のめりな姿勢に一度牽制を加えるためだった。帝国は無条件に和平を結ぶわけではなく、あくまで双方の利益のためである。


「対帝国軍事行動を加熱されたら困るのは帝国でしょう? 我々を引き込むことで、連合構成体の連携にヒビを入れたいのは分かりますが」

「その割には、今回の侵攻でも第一インターステラー連合の艦艇も確認されているとか」

「見間違いでしょう。我々に今、大規模攻勢を行うような余裕はありません」



 同時刻

 第八七九宙域

 自由浮遊惑星ERPー14032ー32近傍宙域

 インペラトール・メリディアンⅡ

 艦橋


 戦闘開始からすでに八時間。戦闘は惑星を挟んで推移しており、氷を主体にした衛星群のいくつかは、戦闘の余波で破壊されている。インペラトール・メリディアンⅡは相変わらず戦闘宙域から遠く離れた場所で戦闘の推移を見守っていた。



「閣下、無人偵察機一五号機が、正体不明の船団を発見。発見直後に破壊されました」


 艦長の報告は、午前中に放った無人偵察機のうち一機のデータが受信されたことを告げていた。柳井はブリッジと自室を行き来して休息も取っており、今は丁度定時報告を聞くために艦橋に上がっていた。


「敵艦隊だな……数は?」

「最大八〇隻程度です」

「位置は……第八八〇宙域か……どう思う艦長」


 艦長のブロックマイヤー大佐はしばし考え込んで、戦況図のアイコンを動かした。


「別働隊を用いて、近場の惑星を占拠しようとしているのでは。ただ、艦種別データが分からないとなんとも。別宙域を探査している偵察機を、追跡に回しましょう。五機編隊を三チーム。順次突入させます」

「頼む。データはアドミラル・カリームにも共有してくれ。カンバーバッチ元帥にも何か考えがあるかもしれない」


 横で聞いていたハーゼンバインが、柳井の顔をのぞき込んだ。


「元帥の作戦にご懸念があるのですか?」

「いや、目標が西部軍管区だけでなく、もし更に奥……西部軍管区は無人星系が多い。このまま抜けられると、ヴィオーラ公国まで突入できるが……まさか」



 一五時四三分

 第六艦隊旗艦

 アドミラル・カリーム

 艦橋


「敵艦隊の動きが陽動で、真の本隊はヴィオーラ公国襲撃が目的……どう考える?」


 惑星を挟んで敵艦隊との砲撃戦を行う西部軍主力艦隊。総旗艦を務める第六艦隊旗艦アドミラル・カリームの艦橋では、カンバーバッチ元帥がメリディアンⅡから送られてきたデータを見て、参謀長に意見を求めていた。


「いずれにせよ、目の前の艦隊を放置はできないでしょう」


 参謀長としても、領邦国家への直接攻撃など許せるはずもなかったが、ここで背後を見せれば追撃されるのは明らかだった。敵の攻撃に積極性がないのも、近衛から送られてきたデータと共に付記された柳井の推測を裏付けており、ここで西部軍主力を釘付けにするという目的は達成されており、元帥としてはしてやられたとほぞを噛む思いだった。


「敵艦隊の規模と編成が明らかになるまではなんとも言えませんが、遊撃戦隊一〇個戦隊、護衛隊もおりますし問題なく撃破できるでしょう」


 参謀長に言われて元帥は頷いた。


「近衛と遊撃艦隊には敵別働隊の追撃に入ってもらおう。主力は当星系の敵を殲滅後に次の行動に移る」

「では、メリディアンⅡにはそのように伝えます。領邦軍には出動要請を出しますか?」

「無論だ。近衛が出した偵察機をカバーするように、こちらも偵察機を出そう。遊撃戦隊には、敵の陣容が分かり次第、一撃離脱の阻止行動を取らせろ。くれぐれも無茶はしないようにと厳命しておけ」

「はっ」



 二〇時一一分

 ヴィオーラ公国領邦軍司令部


 西部軍からの要請を受け、ヴィオーラ公国領邦軍も戦闘態勢に移行していた。


『――というわけで、前線から領邦軍にも出動要請が出ました』


 披露宴を終えて夫婦水入らずの時間だったはずのマチルダは、そんなことをおくびにも出さない、申し訳なさそうな声で司令部指揮所の大型スクリーンに映し出されていた。


「わかりました。領主代理閣下のめでたき日を狙ってくるとは不貞な連中です。公国はこのシェフィールドがお守りいたします。閣下はどうぞ、吉報をお待ち戴ければ」

『そうですね。では、ご武運を』


 領邦軍艦隊司令官のバージル・シェフィールド大将は三四歳。先の帝位継承動乱にも動員され、実戦経験も十分だった。


「シェフィールド提督、前線にいた近衛や遊撃戦隊も、敵艦隊の攻撃に動いている。伯国領内への襲撃などあってはならぬ事態だ」


 ウォーレン・プラント領邦軍司令長官は、重々しく告げた。シェフィールド大将から見れば父親のような年齢の男だが、共に階級は同じ大将であり、それだけシェフィールドが期待されていることの裏付けでもあった。


「お任せください。まあ……近衛と遊撃戦隊が先に撃滅してしまうかもしれませんが」


 シェフィールドは敬礼してその場を辞した。


 二〇時三〇分

 帝都ウィーン

 ライヒェンバッハ宮殿

 樫の間


「現在の西部軍管区防衛作戦『ジブソフィラ』の進行状況です」


 帝都のライヒェンバッハ宮殿では、西部軍からの定時連絡に基づき侍従武官長のアレクサンドラ・ベイカー近衛軍中将が皇帝に戦況を報告していた。


「元帥はうまくやっているようね」


 皇帝は柳井からの報告も見ながら、満足げに頷いていた。寡兵とはいえ、現在までのところカンバーバッチ元帥は皇帝の満足いくレベルで指揮を執れている。政治的手腕もこれまでの実績を見る限り問題はなかった。


「しかし、領邦軍にも出動要請が出ていますが」

「仕方ないでしょう。それに元帥の主力艦隊が敵艦隊を引きつけてくれていれば、残りは領邦軍、近衛の分遣隊、遊撃戦隊で袋だたきにできるでしょう。ついでに元帥のほうでも殲滅戦をしてくれれば、当面敵も軍事行動を起こせなくなるでしょうし」

「西部軍の兵力増強をするか否かに関わる一戦ですね」


 皇帝が今回の作戦で柳井に督戦させると決めたのは、その点を見極めるためだった。西部軍自身は兵力増強について必要ないと答えていたが、それも犠牲が多すぎれば増強するしかない。


「軍事費を考えれば、そうならないことを祈っているんだけれど」


 皇帝自身に直接軍事費を決める権限はない。無論皇帝が増やせと言えば増やさざるを得ないのが現在の帝国の政治であるが、帝国民主党は野放図な軍事費の拡大には慎重な姿勢だった。特に前政権が辺境宙域以遠、辺境惑星連合テリトリーへの拡張作戦を目論んでいただけに、その点を引き締めるのが現政権のテーマとなるのは仕方の無いことだった。


 皇帝自身も拡大政策には否定的だったが、国防に必要な措置を行うことまで制限するわけにはいかず、現政権と適度な距離感を保つことにしていた。


「今のところは、大きく増強は必要ないと思いますが……まあ、現場の報告を見てからでも遅くはないでしょう」

「そうね。しかし今回は義久も後方から督戦で済みそうね」

「あまり近衛分遣隊が活躍すると、昇進させる椅子がなくなりますが」

「近衛第二艦隊でも作って、義久を辺境に貼り付けたら面白いかしら」

「陛下、そんなことをすると、また軍閥化がああだこうだと言われますよ」


 実際に、軍部内から意外と好意的に見られている柳井を見て、一部の政治家や識者がそのような表現をすることはあった。


「見る目がないわね。義久がそんなことするわけないじゃない」


 皇帝は柳井の本質的な部分を見抜いていた。骨惜しみをせずに働くタイプだが、それは自らの立身出世のためというよりは、そのような状況にあるものが働くのは当然だという思考からだ。


 有り体に言えば野心がない。無論、柳井を最初に同志に引き込んだときの皇帝がそこまで考えていたわけではないが、偶然にも柳井は、皇帝にとって絶対に叛乱するような愚を起こさないだろうと思わせる人物だった。


「まあ、そういう誹謗というのは、当人がどうこうというよりはどれだけの人間がそれを信じるか、によりますので……まあ、義久は叛乱を起こすなら叛乱しますがどうですか? と確認くらい取るでしょう」


 皇帝はベイカーの言葉に声を出して笑った。


「もし私がダメと言ったら?」

「よかった、いいと言われたら本当にやるところでした、と冗談みたいに言うんじゃないですか?」


 ベイカーは少し考え込んでから答えた。


「それも面白いわね」

「まあ冗談はともかく……ヴィオーラ公国領主代理のご婚儀にタイミングを合わせたんでしょうが、間の悪いことをしますね」

「対帝国武装闘争は、長期的な勝ち筋が無い以上、政治効果を狙うしかない。とはいえ……」


 皇帝としてはこれが第一インターステラー連合との和平協議に影響しないかの方が不安だった。



 二〇時四五分

 超空間内

 インペラトール・メリディアンⅡ

 艦橋


「敵の別働隊の位置が判明。現在第八八〇宙域、赤色矮星アサンテ533星系に浮上しているようです。どうやら補給作業を行っている模様です」


 艦長の報告に、柳井が戦況図を見た。


「敵の陣容は?」

「戦艦六を主力として、強襲揚陸艦を含む艦隊、総数一〇〇隻程度です」

「やはり敵本隊はこちらだったか……ここで釘付けにして、友軍の増援で撃破を狙いたいな」

「すでにヴィオーラ領邦軍艦隊、遊撃戦隊各隊も同星系へ向かっています。我々が先着しますので、しばらく釘付けにさせてもらいましょう」


 インペラトール・メリディアンⅡ以下近衛分遣隊は、カンバーバッチ元帥からの要請が出る前に超空間潜行で移動を開始していた。


「しかし、西部軍は中々動きが速い。広域に散らばっていた部隊をよくここまで再編しているな」

「元々西部軍は数を機動力で補うドクトリンですから。こういう事態は想定していたのでしょう」


 柳井は帝国軍人として戦ったのも、民間軍事企業の社員として戦ったのも東部軍管区が殆どで、西部軍の実態を見るのは初めてだったが、東部軍と遜色ない練度に舌を巻いていた。


「これなら陛下にも良い報告ができるだろう。まあ、それも敵軍の侵攻を破砕してからのことになるが」


 またも最前線に躍り出ようという時に、柳井はあまり不安はなかった。これを慢心と呼ぶのか、それとも麻痺というのかはさておき、彼にとっては慣れ親しんだ雰囲気ではあったのだった。


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